■タグ「アブストラクト」
■From The Stairwell/The Kilimanjaro Darkjazz Ensemble
![]() | From the Stairwell (2011/04/05) Kilimanjaro Darkjazz 商品詳細を見る |
元々はブレイクコアで活動していたbong-raという人物によって結成されたダークジャズ集団であるThe Kilimanjaro Darkjazz Ensembleの2011年発表の作品。リリースはドイツの暗黒音楽発信源であるdenovaliから。あのNine Inch Nailsのトレント・レズナーから賛辞の声すら上がるユニットだが、今作はダークジャズにふさわしい漆黒の世界を最大限に活かした作品であり、ジャズ要素は決して強くは無いのだけれども、夜の世界を彩る精神的ヘビィさと微かな鼓動に満ちた傑作になっている。
彼等のサウンドはジャジーな要素を確かに孕んでいるが、それ以上にアンビエントやドローンといった要素の比重がかなり強い物になっており、それが言葉通り漆黒の音へと導いていく。極端に各楽器の音を減らしながらも、管楽器やストリングスの残響を巧みに生かし、静かに隙間を埋める音、鳴っている音から思い浮かべる音は確実に混じり気の無い黒に間違いは無いが、その黒があるからこそ微かに見える黒と共存しながらも混ざる他の色の存在が際立ち、まるで闇夜の中で微かに視界に入ってくる青白い光の様でもあるのだ。第1曲から重々しいバイオリンの音色の残響が引きずる様に鳴り響き、そこから静かに紡がれるピアノと耽美に夜を彩る女性ボーカルと後ろで鳴る打ち込みの不穏の効果音が織り成すダークジャズの世界に飲み込まれていく。暗闇の中で幽玄の色彩を見せるピアノの音色とボーカルの歌声と、漆黒を加速させる管楽器やストリングスの音色、夜の時間軸を司るリズム隊の極端に音数を減らし、揺らぎの中で進行するビートが幾重にも重なりあった先にある夜の悪夢であり、全てを飲み込む終末的情景が目に見える音像の中でただ立ち尽くしてしまうだけ。よりアンビエントな色を感じさせるギターの音色と、アブストラクトな打ち込みのビートが抗えない奈落へと導く第2曲になると彼等の闇はさらに手を伸ばし聴き手を追い詰める。まるでThe Third Eye Foundationの様な絶望が巨大な鎌を持って背後に忍より首を落とすかの様な、漆黒の中で僅かに見える赤黒さと生暖かい感触が、神経を絶対零度で震え上がらせるそんな恐怖すら存在するのに、その死神に優しく抱擁されたまま昏睡する悪夢の先の甘い蜜であり、全編徹底してその耽美な闇が広がっている。特に第4曲はその無機質な不穏が今作で最も強い楽曲で今作でも随一のアンビエントパートが終わり無く続き、無限廻廊を緩やかに下る感覚を与えられ続けた先に待つ厳かに響く管楽器の音色の生み出すドローンサウンドの空気が本当に一抹の救いにすら見えてしまう位の楽曲だし、しかしそのアンビエントパートですら流れる静かな狂気に惚れ惚れしてしまうのだから恐ろしいのである。それに続く第5曲ではポストロックとジャズの融和とも言えるアプローチを見せつけ、終盤では楽器隊のテンションを高め、その空気を保ったまま今作で一番の高揚感あるパートへと雪崩れ込み、暗闇を少し晴らしてくれる。第7曲ではコーラスのかかったギターが美しい旋律を奏で、儚い女性ボーカルと共にゴスな耽美さが咲き乱れるという統率された暗闇の中で見せるレンジの広さの今作の大きな魅力と言えるだろう。そして最終曲は長尺のドローンダークジャズ、再び終わらない夜に回帰する。
ここまで徹底して闇夜の音色に拘り、その黒の中で見せる色彩の美しさを感じさせる作品は本当に少ないと思う。最高にセンスの良いユニット名だったりするが、そのユニット名以上に彼等の音楽は不変の闇夜の中で静かに息づき輝く甘い美しさと狂気を感じさせてくれる。ここまで夜に合う音楽は無い、今作での音はこれからも僕の夜を彩っていく筈だ。2011年の闇夜の大傑作。
■Ghost/The Third Eye Foundation
![]() | Ghost (1997/04/22) Third Eye Foundation 商品詳細を見る |
ブリストル音響派の代表格であるTTEFの97年発表の2nd。TTEFと言えば徹底して陰鬱な音を選び、精神を蝕む様な音を奏でているが、初期作品の今作でもその軸は全くと言って良い程ブレが存在していないし、アブストラクト・ドラムンベースを機軸に作られた音もこの頃から健在である。今作はノイジーかつヒステリックな音も多数使用しており、それが耳を劈くストーナーさも生み出し、正に負の方向に振り切れた徹底したダークサイドミュージックだ。また私生活でもパートナーだったFOEHNもゲストで参加している。
音響とドラムンベースを軸にしたビートと終わり無く鳴り響くダークノイズとサンプリングされたくぐもった不気味な声が織り成す狂気の入り口といえる第1曲「What To Do But Cry?」から今作の刺さる様な音が幾重にも交錯していく。使われてる音が全く以って快楽を刺激する音とは真逆な神経を切り刻むかの様な音ばかりだ。第2曲「Corpses As Bedmates」では鳴り響くノイズがサイケデリックかつストーナーな感触まで生み出している。今作はノイジーな音が多く使用されているが、それらを過剰なまでに重ね合わせ深遠さを加速させるだけでなく随所でのサンプリングの音も精神を蝕む様に鳴らされているし、耳に優しい音なんて全く存在していない。しかしそれらは不快さを感じさせる音ではなく聴き手の不安を煽る精神へと入り込んで行く音なのだ。ビートの作り方や変化のさせ方も巧みで、同じ音を反復させる手法を取っても退屈には感じないし、音圧とビートを巧みに操り楽曲を変化させていく。しかし全くドラマティックな要素を感じさせず冷徹な音像がおぞましいままに表情を変えていく悪夢の様な変化だ。更にはどこかゴシックな耽美さをも孕んだ音色も多く、それらの要素が重なり合い破滅的な美しさを描くTTEFの絶望としての音楽が完成している。一つ一つの楽曲で全く違う音を展開しながら統率されたビートの構造と陰鬱な世界観も徹底しているし、ダークアンビエント的手法を取った楽曲も今作にはある。何よりも終盤2曲の流れは特に素晴らしく第7曲「Ghosts...」のゴシックさと振り下ろされるビートの無慈悲さが奈落の底へと突き落とす様から第8曲「Donald Crowhurst」の子守唄の様でもありレクイエムの様でもある反復するオルガンの音色が自らの漆黒に静かにピリオドを打つ壮厳さは本当に美しい。
僕は目下最新作である「The Dark」にてTTEFの存在を知りその音に触れた人間であるが、Matt Elliotの暗黒の美学とビートの哲学と徹底してダークかつ耽美な美意識が表れた音は初期作品でも全くブレる事無く存在している。それに加えてノイジーかつストーナーなダークノイズはサイケデリックへと到達し、より神経レベルの精神を蝕む音へとなっている。だがそこにある音は陰鬱であるが故に甘い陶酔感に溢れている。仄暗い水の底へと引き摺り込まれる様な音、今作でもTTEFの美意識と暗黒世界は何もブレちゃいないのだ。
■Child's Hill/Kuroi Mori

Kuroi Moriはサウンドクリエイターである古谷弘毅によるユニットだ。2011年発表の今作は2010年にロンドンでレコーディングされた作品であり、国内国外の様々なアーティストと作り上げられた作品である。その殆どが古谷氏一人の手で作り上げられており、オーガニックなエレクトロニカからダークなトリップホップまで多彩に行き来し、それでいて多数の風景を想起させる様な音の快楽を味わう事が出来る、音響の螺旋を描く作品だ。
今作はエレクトロニカを軸にしてはいるが、コラボレーションしたアーティストによってそれぞれの楽曲が違う表情を見せる非常に多彩な作品だと思う。例えばフランス出身のシンガーであるAmdineとは3曲コラボしているが、第2曲「Boy」はダークなトリップホップになっているし、一方で第4曲「Urja Ibra」は静謐なアンビエントといった仕上がりだ。同じアーティストと製作した楽曲でもその表情や手法を変え、それでいてそのアーティストの魅力を引き出す作品と言っても良いだろう。その殆どの音を自らで作り上げながらも、様々なアーティストと共に楽曲を作り上げた事によって自らのプロデューサーとしての力量も確かに見せ付けてくれている。
個人的には第3曲「Breathe」のシンプルなビートと音を機軸にしながらも、徐々に広がっていく音の世界であったり、第7曲「There's Nothing Ahead On This Way」のハードコアを解体し、トライヴァルなビートのドープさとサイケデリックな感触は今作の中でもかなり気に入っていたりするのだけれども、どの楽曲も最終的にはKuroi Moriの音に帰結しているし、余計な装飾を施さずシンプルな音のみで構築された楽曲は、より聴き手の想像力と快楽を刺激していくのだ。この音には何の縛りも無いし、何の括りも必要としないけど、全ての音はオーガニックで静謐な音の美しさに帰っていく。
今作の音はどんな時間でもどんな場所でも有効な音になっている。エレクトロニカでありながら無垢でまっさらな音だからこそどんな時もそこに馴染んでくれるし、どんな状況でもその音は不変のままだ。シンプルで美しい音の波が作り上げる約一時間の小旅行、ただその音の世界に静かに入り込むだけで、非現実にある静かな世界へと旅立つことが出来るのだ。
■The Dark/The Third Eye Foundation
![]() | The Dark (2010/11/08) Third Eye Foundation 商品詳細を見る |
Matt Elliot率いるブリストルの暗黒音響系ユニットであるThe Third Eye Foundation(以下TTEF)の実に10年振りになる2010年発表の作品。ドラムンベースやダブステップのビートを基調に、徹底してダークな音のみで楽曲を構成し、耽美な美しさを持っていながら終わりなき絶望の精神世界を絶対零度の残酷さで描く文字通り暗黒絵巻となっている。
複雑で重苦しいビートがまず全編に渡って渦巻いており、そこにチェロやヴァイオリンによって生み出される厳格でありながらくぐもったまま絶対零度を保ち温もりなど全く存在しない暗黒世界の基盤が完成されている。不気味な声をサンプリングし楽曲に乗せる事によって、その音の世界に人間の奥底で黒く蠢く絶望の感情が響き渡っている。緊張感を持つ旋律は、聴き手に戦慄を与え続け精神を蝕み続ける物になっているのだ。終わり無く繰り返されるドローンな音は徐々に視界を黒で塗りつぶしていき、神秘と幻想のダンスを繰り返しながらも甘美な奈落に誘う悪夢の様だ。
特に第3曲「Pareidolia」の悪夢の様に繰り返される冷徹な音が徐々に加速し破綻していく様と、第5曲「If You Treat Us All Like Terrorists We Will Become Terrorists」の不協和音が聴き手を犯し、暗黒ドラムンが加速し、煉獄の冷たい炎が燃え盛る様に終わっていく様は圧巻の一言。この世のあらゆる負の感情を増幅させていきながら、快楽的な音になり、その甘い蜜に誘われた先は光すら存在しない怨霊渦巻く美しき地獄だ。そしてそれは恐怖感を煽り増幅させてゆきながらも、抜け出したくても抜け出せず、やがて抜け出したくなくなってしまう危険な世界だ。
全編で漂う緊張感もさることながら、徹底して貫かれたMatt Elliotの暗黒の美学の奥深さは神経レベルで今作から伝わってくるし、全てを燃やし無に還す悪魔が今作には存在している。麻薬の様に甘い世界は唯一無二であり、複雑に絡み合う音は漆黒を貫いた物だ、この暗黒は僕達を待ち構え、その入り口に立った瞬間ブラックホールの様に飲み込んでいく。紛れも無い黒の音楽の到達点だ。