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■The Sense Of Wonder/Detrytus

The Sense of Wonder



 Detrytusとは正に未知な衝動を鳴らすロックバンドである。Dischordサウンドという言葉じゃ元々片付かないバンドではあったけど、2015年にリリースされた2ndアルバムはよりバンドが他と比較する事が不可能な「孤高の存在」になった事をアピールする作品であると同時に、紛れもなく最高のロックアルバムとなった。アルバムタイトルは「一定の対象、SF作品や自然に触れることで受ける、ある種の不思議な感動」って意味らしいけど、正にそんなタイトル通りの作品だと言えるだろう。またパッケージはCD/LP共に箱型特殊パッケージで箱にはナンバリングも記載されている。そんなDIYなパッケージも滅茶苦茶熱い。また録音はex-CRYPTCITYのセブロバーツの手による物。



 しかし今作は何度も繰り返し聴いてもその全容が掴めない作品だ。決してアバンギャルドな事もしていないし、難解な事をしている訳でも無い。寧ろ3ピースという編成の無駄の全く無いサウンドフォルムと緊張感を最大限に生かしたヒリヒリしまくったオルタナティブロックアルバムだと言えるだろう。3人の音の化学反応がセブのオルタナティブを熟知したレコーディングによってより尖ったサウンドへと変貌している。でも何だこの既存の音と全然感触も違う異質さは?DischordだとかHooverだとかも影響は確実にあるとも思うけど、その形容だけじゃ彼等の音を上手く形容出来ない。しかし生々しい程にドキドキしてしまうこの音は何なんだろうか?
 ハナの第1曲「Essence Of Life」から異様なオルタナティブが炸裂しまくる。ベースラインが一々極太で揺らぎを生み出し、ドラムのビートも実際結構シンプルであったりするし、グルーブだけ取ればある意味では凄くノレるし、踊れる音になっているだろう。でもそこに乗るギターは極端に歪んでいる訳でも無いし、空間系エフェクターの音が強く、ある意味無機質な程に鉄の感覚が溢れている。分かりやすくバーストしないのに、背筋が凍りつく冷たさの奥の熱が確かに存在し、ディスコダンスでありながら、越えちゃいけないギリギリの綱渡りの感覚を聴いていて覚える。第2曲「State Of The Masses」はもっと分かりやすいディストーションサウンドが前面に出ているし、ドライブ感もある、でも鋼鉄のビートを繰り出し、終盤ではベースラインが完全に楽曲を支配し、ギターのエフェクトがより不気味に噴出するパートは何度聴いてもハッとさせられるけど、でも分かりやすい高揚とはまた違うカタルシスも確実に存在しているのだ。
 第4曲「Policy」なんて疾走感に溢れたロックナンバーであり、そのサウンドは紛れもなくロックでありながら、ギターのコーラスエフェクトなんかはSSE辺りのロックバンドが持つ妖しさに満ちているし、ロックの初期衝動と共に、ロックが持つ得体の知れない妖しさをシンプルな曲だからこそ出せるのは本当に強い。第5曲「Sand Dune」の極端に音数を削りまくったからこそのミドルテンポのうねりの螺旋階段はポストロックの領域にまで達しているけど、その反復するサウンドの行き先はやっぱり不明。第7曲「Heavier Things」や第8曲「Make Void Or Empty Of Contents」に至ってはdip辺りがやっていても全然不思議じゃないサウンドだし、そのクールネスに痺れてしまうだろう。そして最終曲「Shine」で10分近くにも及ぶ不気味な静寂のサウンドから底なし沼に落とされるだろうエンディング。最初から最後まで未知に触れた瞬間の衝動と感触を完全に音で表現している。



 本当に沢山の音が出尽くしている2015年にここまでドキドキする音を鳴らす作品が出てくると思っていなかったし、斬新な事やアバンギャルドな事をするのでは無くて、自らのルーツを完全に消化し、バンドのアンサンブルを細胞レベルまで極める事によってヒリヒリしていて全容が掴めない、でもロックのカタルシスに溢れた作品を生み出したDetrytusには本当に拍手喝采だ。何処にも属さないからこそ自らをより未知のモンスターへと変貌させていくDetrytusは2015年の正しいオルタナティブロックを鳴らしているし、誰にも媚びず、誰にも迎合しないからこそ、ロックバンドのまま完全なるオリジナリティを獲得している。



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■SEI WITH MASTER OF RAM、印藤勢ロングインタビュー

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 SEI WITH MASTER OF RAMは何処までも業の深いバンドだと思う。ex.マシリトの印藤勢氏によって2010年に結成され、2013年に1stアルバム「a sheep」(当ブログでのレビューはこちら)をリリースしたが、これは新たなるロックのスタンダードだ。マシリト時代から歌謡曲とヨーロピアンメタルとの融合から始まる新たなロックのスタンダードを追求していたけど、SEI WITH~はその最奥にあるもっとドロドロとしたエッセンスのみで生み出されたバンドであり、一見すると飛び道具的アプローチを繰り出しているバンドだと思わせておいて、どこまでも純粋なロックバンドであり続け、いやロックバンドだからこそ生み出せる残酷なロマンがそこにはあった。それはアンダーグラウンドだとかオーバーグラウンドを超えた本当にリアルであり、全方位を対象とした宣戦布告だ。
 今回はリリースのタイミングでは無いけど、ドンピシャなタイミングで印藤氏本人からインタビューオファーを頂き実現したインタビューである。バンドマンとしてだけでは無く、新宿アンチノックのブッキングマネージャーというもう一つの顔を持ち、最近は「ここがヘンだよライブハウス」や「チャンプロード」シリーズといった企画も行っているし、バンドマンとしてもライブハウススタッフとしても一人の人間としても、終わり無き業の中で印藤勢という男の音楽に対する必然とそのポリシーについてどこまでも深く語り合った。これは吉祥寺ルノアールで一時間に渡って繰り広げられた一つのドキュメントである。



・今回はリリースや自主企画のタイミングではありませんけど、色々とお伺いしたいと思います。印藤さんは元々はマシリトで活動されていた訳ですけど、マシリトは具体的にはどんなバンドでしたか?

 何でしょうね?僕の中で生業みたいになっちゃっているんで。マシリトとSEI WITH~で区切ってはいないんですけど、例えば山口百恵とか安全地帯とかJ-POPとかいう言葉が生まれる全然前の所謂歌謡曲、自分の親の世代が聴いていた日本の音楽と、Helloween等のジャーマンメタル。BLIND GUARDIANもそうですし、Fair Warningとかもそうですけど、それらの音楽の融合。プラス融合した事にオリジナリティを求めるんじゃなくて、融合して美味しい所だけを抽出したり、年数が経ってろ過していくピュアなサウンドを求めてました。それは現在進行形で求めてます。
 それと大事なのは理論的な話になっちゃいますけど、マイナーコードであるっていう事。マシリトとして20代前半に活動を始めた、所謂インディーズブームが消えかけの頃って周りはLimp BizkitとかKoRnとか、所謂モダンヘビィネス…今とは違う7弦ギターの使い方のバンドが殆どで、暗いバンドと言えばそういった形のバンドが殆どでした。

・本当にDeftonesやKoRnといったヘビィネス全盛期で、僕の世代はギリギリですけど思春期に聴いていた音でした。でもマシリトはそういった当時の音とは違うと思いますし、当時の日本のヘビィネスバンドはもっと洋楽的と言うか、日本人らしさよりも、海外バンド直系のサウンドが多かったと思います。その中でマシリトは異質というか、歌謡曲やギターロックといった、もっとスタンダードな部分を求めていたと思います。

 その当時は僕の知る限りマイナーコードでアンダーグラウンドで活動していたのは、HAWAIIAN6、COCK ROACH、WRECKingCReW、MUSHA×KUSHA、ギリギリでHOLSTEIN位かなって思うんです。

・あの当時からすると先ほど印藤さんが挙げたバンドはどれも異質なバンドばかりですね。マイナーコードって浅井健一氏の「俺にはマイナーコードが暗い音じゃなくて鋭い音に聞こえる。」って名言もありますけど、ロックだったら使うのは当然な音なんですよね。やっぱロックって鋭さって武器だと思います。暗い音とか悲しい音ってのもありますけど、それ以前にリフが刺さるっていう。その当時って鋭さじゃ無くて重さを求めていた人が多かったんじゃ無いでしょうか。

 それもありますし、ドライブ感のあるインディーズロックって言うと僕らの世代は実は青春パンクなんですよ。何で僕らは何故か「裏青春系」って名前を付けたか付かられたかは忘れちゃったんですけど、まあ…裏って言う所は、もう少し暗いというか。

・でも今となってはそういったダークなバンドも当時に比べるとメインストリームに出てきていると思います。それでマシリトは2009年に活動休止して、SEI WITH~に至る訳じゃないですか。マシリトとは根本は変わらないでしょうけど、特にどのような部分を前面に出したいとかってありましたか?

 一番最初にも言ったけど、自分のもう…歌謡ロックやフォークとジャーマンメタルだったりとかヨーロピアンな物との融合からエキストラバージンな物を絞り出すという…自分の中では研究家だと思っているんで。その研究に人生を捧げているだけなんで、あんまりやっている事は変わらないかなって思ってますけど、例えばマシリトの場合は中学高校とか、学年は違うけど同じ街で同じ学校で同じ校舎で過ごした人間とそういった距離感で始めた物なので、ちょっと語弊がある言い方かもしれませんけど友達と始めた感覚が強かったんですよね。
 SEI WITH~に関しては、ギタリストのNOKENが元々はDIE YOU BASTARD!とINTESTINE BAALISMをやっていたんですけど、彼との出会いが凄く衝撃的で、尚且つ彼がマシリトを大好きになってくれて毎日の様に遊んでいて、未だに親友・友達って意味では変わらないんですけど、同じ学び舎の中で出会ったというよりも今度は音楽として認め合った戦友って感じだったので、いつかこいつと一緒にバンドをやりたいなってのはNOKENでしたし、ドラムのKAMEさんなんかは横浜の名物人間というか…KAMEさんはそんな感じで知ってはいたんですけど、いざアンチノックで彼が前にやっていたGUN FRIEND SHIPっていう女性ベースボーカルのオルタナ・シューゲイザーなバンドを観て、正直に言うとドラムはこの人以外にいないなって…惚れちゃったんで…プレイスタイルに。それでプレイスタイルに惚れると人柄に惚れますよね?なんでKAMEさんの場合は俺の師匠みたいな感じで付き合っていたんで、まあ…自然と、恰好良く言えば音楽愛で繋がって結成したのがSEI WITH~ですね。

・SEI WITH~は今でこそ珍しくは無いですけど、カイモクジショウやURBAN PREDATORみたいなベースレスという編成じゃ無いですか?でも音楽性はベースレスである必要性は無いですし、寧ろベースがいたらもっと良いバンドになるって思っていたりもします。何故SEI WITH~はベースレスでやろうと思ったのですか?

 たった一言で言うんですけど、ピンと来る人がいないってだけで、例えばベースじゃなくても、まあ…フルートでもヴァイオリンでもオルガンでも何でも良いです、ピンと来れば一緒にやりたいんですけど。まあどこかでトリオに拘っている…トリオのサウンドって最高に格好良い…見た目も含めて。その呪縛はあるかもしれないなって思ってます。

・3ピースでやりたいっていうのはマシリト含めて強かった感じですか?

 3ピースなのに音がブ厚いとか、3ピースなのにクオリティが高いとか…昔から聞く言葉なんですけで、僕は逆にそれが凄く皮肉に聞こえていた時期があって、今となっては有難い事なんですけど。「3ピースって何だろう?研究家」にもいつの間にかなっていたので、そういう意味ではそれも業ですよね。生業だと思ってます。

・SEI WITH~はマシリトに比べると印藤さんのルーツである歌謡曲やメタルといった音楽の一番濃い部分をそれこそ研究の末に抽出しているみたいな音になっていると思います。「a sheep」だと1曲目の「INDIAN FROM THE SKY」ってモロにそんな曲で。サウンドはメタルだけど、分かりやすいメタルとは違うし、KAMEさんのドラムが手数じゃ無くて一発一発の音で凄く情報量とか出していると思います。重みだったりとか強さだったりとか、単純に音が気持ち良いなって。
 僕はベースの音が好きだからやっぱりベース入ったらもっと良いのにとは思いますけど、ただ必然として印藤さんの声、2本のギターとドラム、それで一つの形として完成していると思うんですよ。それは「a sheep」を聴いて思いましたし、必然性を圧倒的情報量でかつ自然な形で出しているなって。
 「INDIAN FROM THE SKY」に関しては先ず曲として情報量が多いと思うんですよ。曲展開も複雑ですし、頭こそフォークソング調で始まりつつも、いきなりHR/HMなサウンドプロダクトになってますし、何だろう…ミクロとマクロを上手く繋げているなって。それこそ印藤さんの研究家気質が出ているからだとは思いますけど、色々な視点での世界観を必然性のある形として一番分かりやすい形でアウトプットしているなって。SEI WITH~に関してはどの曲もそうですけど、「INDIAN FROM THE SKY」は特にそれが強いと思います。


 何か…どれだけマニアックな音楽を聴いて、それこそコレクターレベルの人とタメで話せるレベルの知識とか知恵とか流石に15年位アンダーグラウンドにいると、自分もそういう情報量を持つ様になるんですけど、自分の絶対的なルールは中学生の時…中学二年生の時に転校生のフカザワ君に貸してもらったHelloweenのCDを聴いた時の感覚、その時に雷に打たれた訳じゃないですか?それがTHE BLUE HEARTSの人もいますし。

・僕はそれがTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTでしたね。

 その時の自分の為に作っていると言ったら少しおこがましいかもしれないけど。後は夢を与えたいとか、良い詩を書いてイマジネーションをあるいはインスピレーションを膨らませたいとかっていうのはあくまで言った以上はやっていこうっていう言葉の裏付けであって…実は最大のルールは自分が中学二年の時にフカザワ君に借りたHelloweenのCDの衝撃に勝てるかどうか…そこのみです!!「あれはなんだったのだろうか?」という事に対して人生を費やしているだけです。

・SEI WITH~は色々な音楽を聴いてて耳が肥えているリスナーにも届く音であるとは思ってはいますけど、もっと中学生高校生の若い世代の子達がたまたまライブを観て「何だこれは!?」ってなる音だと思います。知識だとかバックボーンだとか関係無しに。初期衝動的と言うか、ある種のロマンだったりとかエモーショナルさというか…そんなの言葉に出来ないんだと思うんですよ。言葉にしちゃうと終わってしまうんだと思うんですけど、理屈じゃない衝撃と言うか、それは人によって全然違って、王道のロックにそれを感じる人もいれば、ハードコアだったりメタルだったりプログレだったり…色々な人の音楽を好きになる切欠となった初期衝動に改めて訴えようとしてるなと。奥の奥の純粋な部分に方法論じゃ無くて精神的な部分で訴えようとしていると思います。

 そうですね。まあ…言葉にしちゃいけない領域にチャレンジ出来るのが唯一音楽だと思っているので、なんならアートよりもずっと音楽だと思っているので、ただそれを突き詰めていくだけ。

・でも何でまたそんな業の深い事をやろうと思ったんですか?僕が勝手にそう感じているだけなんですけど、こう…体も精神も蝕む様な永遠に終わりが無い事を何故やろうと思ったのでしょうか?

 まあ今…正直な感覚で答えるとAKSK君に言ってもらって少しホッとしたんですけど、永遠に終わりが無いっていう事は…みんな結構足を踏み入れない事なんですけど、僕の中では入ってしまえば永遠に終わりがないんだからホッとするんですよね。
 でもここも危なっかしい所は2パターンあって、やっぱり言葉にしちゃうと自分はニッチだからとか、アンダーグラウンドだからとか…カテゴライズですよね。理解されなくても良いんだとかって翻訳されるのは絶対に嫌なんで。そんなに高尚な事をしているつもりは無いですけど、僕の中では今AKSK君に言われてホッとしたって事は…居心地が良いんでしょうね。人からしたら郷の深い事をしているとか、あの人にはあの人の美学があってとか言われるのかもしれないですけど、僕には居心地が良いだけで…ただそんな居心地が良い自分が好きじゃ無いという。だからそれを蹴飛ばしてくれるメンバーを選んだって意味で大正解だったんじゃ無いかと。

・でも音楽に限らず何かを表現するって永遠に答えが無いって事にそれぞれのやり方でみんな向き合っていると思うんです。向き合うものがロックなのかハードコアなのか色々ありますし、進化するって部分も一つのスタイルを貫きながら強くなる進化もあれば、斬新な事をやるっていう進化もあって、答えが無い事に対して答えを探しているというか。

 …いやAKSK君のお陰で今見つかりましたけどね、吉祥寺のルノアールで答え見つけちゃいましたけど。答えが無いっていう答えから始まっているんで…実は安全なんですよ。格好良いなとか、音楽やったりロックンローラーだったり或いはアンダーグラウンドでも何でも良いんですけど、ハードコアでも良いんですけど、答えが無いって事に向き合っているって横顔は確かに人から見たら格好良いんですよね、横顔は。でもやっぱり答えが無いって…知ってるんで、その時点で答えが無いっていう答えが出ているんですよ。でも「本当かなあ?」って何処かで疑ってるんですよ。それが許せないだけなんじゃないですか?何かエゴイストですよね。

・でも折り合いが付いてしまったらやる必要性が無いですもんね。折り合いが付かないって答えが分かっているからこそ出来るっていう確信だったりとか、ある種の保険みたいな物はもしかしたらあるのかもしれませんね。

 これは殆どのミュージシャンに通ずる事だと思うんですけど、自分のインスピレーションが先ずは正解なのか不正解なのかを本当は早い段階で知りたいんですよ。でもそれが…いつの間にか迷宮入りしちゃって、その回廊を歩いている内に「悪くないな。」って思えてきますし、その回廊の中で出会っちゃう仲間とかいて、「あ、お前も迷子なんだ。」っていう奴がライブハウスには一杯いる訳じゃないですか、それこそ新宿なんかは。
 だからそういう奴等と円になっちゃって酒盛りを始めるのか、そういう奴等と「俺はあっちの階段上がってみるよ。」とか「俺はもうちょっと地下潜ってみるよ。」とか「俺はこっちに抜け道見つけたんだけど。」とか。それで「また後で会えたら合流しようぜ。」って、まあそれぞれがそれぞれで、出会った瞬間に励ましたりケツ叩き合ってやる方が自分のスタイルに合ってただけって感じです。それで大分僕は、或いは僕等は変なルートを選んでしまったんだなって思います。

・結局は色々な考え方ってそうだと思うんですけど、意外と行き着く先は全部一緒で、もしかしたら死ぬまで結論は…いや死んでも出ないかな?だからこそ変なルートを選ぶっていうのは業だと思いますし、でも逆にそれが居心地が良かったりとか、自分に一番合っている物だっていう考えはもしかしたら印藤さんの中であるのかなって思ったりもします。近道だけど自分にとっては居心地の悪い道だから選ばないって考え方も出来るし、この道は凄い遠回りだけどこの道は歩いていて楽しいから歩こうって考え方もあって…それは結局自分の中でしか分からない物なのかもしれませんね。

 よっぽどサラリーマンとかパートタイマーで働いている主婦の方とかは、答えを出さなきゃいけないって事を毎日毎日やっていて、答えを出してノルマをクリアして、自分の為どころか子供や家族の為に答えを出す。或いはこれ学生でもそうなんですけど、僕は学校で教わる様な勉強が大変苦手だったので、90点以上取りなさいって世の中で…自分は単純にそれに向いて無かったんで、答えを出せる人の方が凄いなって思ってますし、毎日一生懸命答えを出している人の横顔の方が俺にとっては何倍も崇高で凄いなって思うんですよ。だから本当の本当の事を言ってしまえば答えなんて出したく無いんじゃないんでしょうね。何か自分も含めて周りにはそんな人間が多い様な気がします。

・人間として器用じゃ無いですよね。

 いやいやいや!!わざと迷っているんじゃないかな?

・でも僕自身はまだまだガキですけど、「社会の中で生きる。」って事と「自分が好きな世界で生きる。」って事は意外と両立出来るんじゃ無いかと個人的に思ったりもするんですよね。

 今言ってくれた「ガキですけど。」って部分がもう少しスクスク育っていくと、さっき言ったサラリーマンや学生や主婦やパートタイマーの人達がいてくれるから、俺がこういう事をやっていてもギリギリかもしれないけど日本という国の中では現状許されるんだなってだけですね。

・少し話を変えますけど、印藤さんはミュージシャンでもありますけど、普段はアンチノックのブッキングマネージャーとして働いている訳じゃないですか。

 肩書きです(笑)。肩書き上は(笑)。

・今日はバンドの事だけじゃなくて、ライブハウスの中の人としての印藤さんについても聞きたかったんですけど、アンチで働き始めてもう15年近くになるんでしたっけ?

 22歳の時入社してて今僕が36歳なんで、まあ15年目ですね。

・もう大分ベテランですね。

 どうなんですかね?何か…一昨日入社したみたいな気分で毎日過ごしてますけど。

・ミュージシャンとしてだけじゃなくてライブハウスの中の人としてもアンチノックという場所で色々なバンドやシーンを見てきたと思います。それでちょっとさっきの発言で気になっていたんですけど、印藤さんがアンダーグラウンドって言葉を使っている事に若干違和感を感じたりして、印藤さんからは「アンダーグラウンドでいたい!」みたいのを僕は感じないんですよね、印藤さんやSEI WITH~というバンドに対して。アンダーグラウンドっていうより現場型の音というか、現場の音に余計な制約や縛りは必要無いんですけど、もっと単純の土着的な「日常としての音楽」って部分を知っていると思うので、印藤さんの中のそういった考えを聞きたいなと。

 ありがとうございます。聞いて下さい(笑)。

・実際にアンチノックで働いていてアンチノックに出ているバンドさんやお客さんって何処かで日々や世の中に違和感を感じている人が多いと勝手に思っているんですよ。ちょっと誤解を招きそうな言い方になってしまいましたけど(笑)。そんな中でライブハウスの中の人として音楽と向き合う事を選んだのは何ででしょうか?

 入社の切欠は…僕ずっと剣道をやっていたので、こじつけかもしれないけど、こう見えて意外と体育会系が嫌いじゃ無いんですよ。まあ…数あるライブハウスの中でキングオブ体育会系って当時からアンチノックだったんじゃないかなって。元々はアンチノックで働きたかった訳じゃないんですけど、まあお声が掛かって…縁ですよね。ご縁だなって。
 本当に昔、「インディーズライブハウスマップ」っていう謎の本があったんですけど、その本には日本全国のライブハウスの情報が沢山載っていたんですよね。ライブハウスの特徴とオススメバンドみたいな事が。まあ明らかにアンチノックだけ紹介の文章が可笑しくて、「世界最大の音量で最もリアルなハコです。」って。だから…ブルっちゃいますよね(笑)。もう漫画に出てくる様な世界なんで。まあ今だから思うんですけど、そこで挫けなかったら恰好良く言えば人生の糧になりますし、或いはそこから抜け出せる日が来たら僕は僕を認められる気がしたんで。同時にやる以上は骨を埋める覚悟で…3250回位辞めたいなって思った時もありましたけど…まあ何とか、皆さんのお陰で続けてます。

・最近は先日開催された「ここがヘンだよライブハウス」や「チャンプロード」もそうですけど、バンドマンとしての活動に留まらまいで、もっとライブハウスを面白くしようとか、音楽が好きな人を増やそうとか、そういった部分の活動を印藤さんはやっていますね。そういった部分でミュージシャンの印藤勢じゃなくて、アンチノックの印藤勢として動こうと思った切欠はなんですか?

 ある人から見たら…当時だったら「マシリトの印藤勢」。またある人から見たら「アンチノックのスタッフである印藤勢」。って感じで無数のチャンネルがある事は自分の中で意識はしていたんですけど、自分の中で線を引いてマルチに対応出来るスキルが無いって思い込んでいたんですよ。でもある時を境に…今でこそ皆笑ってくれているんですけど、自分で言うのはおこがましいのですが、「趣味・職業・特技:印藤勢」でいこうかなってジョークで言っていたら、マジでそんな感じになっちゃって…本人は基本焦燥感で一杯ですけどね(苦笑)。でも応えられる限り応えたいなっていうのは…実は僕のスタイルですよ。

・またちょっとSEI WITH~の方の話に戻しますけど、SEI WITH~もそうだと思ってまして、研究家として自分の音楽を突き詰める印藤勢と、ライブでお客さんを楽しませたい満足させたいってサービス精神のある印藤勢って両方あると思うんですよ。だからこそ印藤さんが「アンダーグラウンド」って単語を使っている事に僕は凄く違和感を覚えます。

 凄く鋭いと思います。サービスとエゴが融合するのか両立出来るのかっていうのが今の僕の課題なので。それは音楽家である自分も、アンチノックの人間である自分も、何も課題は変わらないんですよ。それはチャンネル云々じゃなくて。印藤勢の今の宿命だと思ってます。
 そういった目で見る「アンダーグラウンド」っていう言葉は非常に人を惹きつけやすいんですよね。語弊があるんですけど。アンダーグラウンドって言葉を免罪符にしたくないから敢えて僕は「真のアンダーグラウンド」だとか「これがリアルだ。」って言葉を出来る限り多くの人と共有したいんですよね。自分は「マイノリティでニッチだぜ!」って高揚感に酩酊した状態には絶対になりたくないので。僕、僕等みたいな人間がアンダーグラウンドって言葉を使った時に勇気が出てくれる人がいるのなら「いつでもおいでよ。」って意味で使わせて頂いている言葉です。

・前に「伝説のレジェンド」で印象深かった印藤さんのMCがあるんですけど、「アンチノックはアル中もメンヘラもなんだろうが差別しないで受け入れる。」といった旨の事を言ってて、それぞれ境遇だったり社会的立場だったり生活だったり価値観だったりプライドだったりがあると思いますけど、もしかしたらアンチノックという新宿の一つの地下室は逃げじゃなくて居場所としてのアンダーグラウンドなんだなって思います。それぞれがそれぞれのスタンスで楽しんでいてって、それは色々なスタンスや思想が共存出来るって事なんだと思いますし、アンチノックも含めて僕の好きなライブハウスって純粋な意味でのコミュニティなんだと思います。

 最近は半分冗談で「アンチノッカー」なんて言葉を使ってますけど、まあスタッフ一同を代弁させて貰うなら、俺たちが受け入れなかったらこの日本で誰がこの人たちを受け入れてくれるのかっていうのがあるので、アンチノックがあって良かったなって思ってもらえる様に努力してます。まあ間口が広い方が本当は良いのかもしれませんけど、先ずは深さだなって。その受け入れられるキャパっていうか広さですけど、深さの方が大事かなって。
 所謂メンヘラと自分を比べた時に「甘いぞ!」と、「そんなのはファッションメンヘラだ!」と、「俺の方がスーパーピーターパンだぞ!!」と。僕は超ド級のウルトラピーターパンなんで。まあ、アンチノックのスタッフはスペシャリストが揃ってますよ。頭のおかしい(笑)。まあドリンクの女の子とかはパッと見可愛いギャルばかりですけどギャルっていうより大分イルですよ。

・(爆笑)。でもそんな感じも含めて可愛いと思ったり(笑)

 世間で言う正義感とか使命感とかとはまた違う宿命みたいな物を…あんまり適した言葉じゃ無いかもしれないけど「運命共同体」と書いて「スタッフ」なんで。「馴れ合いじゃねーぞ!」っていつもお互いに釘刺し合いながらイルなギャル達と日々働いてますよ。

・そういった部分はSEI WITH~にも繋がっているなって。お互いがぶつかり合う事によって生まれる化学反応、それこそバンドマジックなのかもしれませんけど、三つの個性をぶつけ合って生まれるカタルシスみたいな物を印藤さんは追求していると思いますし、それを絶対的な軸にしているなって。だからこそ僕は業を感じます。

 まあAKSK君に言われて気づくことも多いんですけど、さっき「趣味・職業・特技:印藤勢」とか言いましたけど、大分色々な人を巻き込んでしまっているなって(笑)

・でも人間って一人では行けていけないと思いますし、自立して生きていても誰かと支えって生きていると思います。印藤さんの中でも仲間だったりさっきの言葉で言う運命共同体って物があるからこそ印藤勢でいれるんだと思いますし、他の方にとっても印藤さんがいるからこそっていうのはあるのかもしれません。一つの特殊な世界の話かもしれませんけど。

 そうです。特殊な世界でいさせてくれている、その中で印藤勢でいさせて貰っているんで、だったら全力で応えないといけないので、まあ何でも屋っちゃ何でも屋ですよ。

・また「a sheep」の話に戻りますけど「絵空詩」って本当に凄い曲だと思うんですよ。ライブじゃいつもラストにやっているんで絶対的なキラーチューンだって思われているんでしょうけど。SEI WITH~の一番の普遍性でありますし、純粋にバラードでありますし、今の時代にそんなバラードを歌うバンドっていないと思っているんですよ。みんなそこを避けてしまっているというか、もしかしたらクサいというかベタというかそういうのもあるのかもしれませんけど、みんなバラードである事を避けますよね、そこに全力で向き合っている名曲だなって。

 石川さゆりとか…日本人のルーツってやっぱ演歌もあるんで。あの演歌の曲線美って言うんですかね?あれって最早ドローンに近いものがあると思うんですよ。

・ドープですよね演歌って。

 >ドープですねえ。SEI WITH~が挑戦するなら「絵空詩」になりましたって感じと、実はちょっとだけ格好良く言うとドラマがあって、SEI WITH~をやり始めて半年位で、敢えて避けていた訳では無いんですけど、最初から今のSEI WITH~のスタイルじゃ無かったですし、これからもどんどん変わっていくんでしょうけど、KAMEさんとNOKENに「そろそろ印藤節の一番濃い所をやっちゃおうよ。印藤君はマシリトの呪縛とかもあるから、無意識的に避けてるでしょ?」って言われて、何か嬉しかったんですよ。
 じゃあもう完全にTHE 印藤勢節を一度やってみたら…元々「絵空詩」って8ビートだったんですよ。それが笑っちゃう位にマシリトで、KAMEさんなんかは自分で「印藤節解禁しなよ。」って言っていた割には、スタジオに曲持って行って一周合わせてセッションしたみたら、スティックを置いて「これはマシリトだな。」って笑いながら項垂れたんですよ。そこでは失笑で終わったんですけど、そこで半年寝かして、石川さゆりとか聴いてた時期もあったんで、こういう表現方法で「絵空詩」もう一回構築してみようよってやったら大成功でした。KAMEさんが一番得意なリズム、そしてクサいとか美メロであるとか、泣きじゃくっているNOKENのギター、そして所謂「印藤勢スタイル」が一番衝突した交差点が「絵空詩」って感じですね。

・あの曲は何よりも歌が映えているなって。他の曲にも言えるんですけど、サウンドプロダクトはメインストリームな部分もありつつ、、そうじゃない部分もあって、そこの衝突地点なんですけど、「a sheep」にも入っているどの曲にも言えるのは絶対的な物として印藤さんの歌が存在しているという事です。楽器としてのボーカルでは無く、それ以上の本質的に何かを訴える感情としてのボーカルっていうのが凄くあるんですよね。だからこそ誤解を招く言い方になりかもしれませんけど、印藤さんのボーカルは絶対に好き嫌いが分かれます。

 分かれますねえ(苦笑)

・きっと人によっては「こいつブン殴りてえ!!」ってなるのかもしれません(笑)

 もしそう言われたら人生で聞いた中でもトップクラスで嬉しい褒め言葉ですね。これはマシリト時代からそうなんですけど、ファーストインプレッションが「この人嫌いだ。」とか「この音楽嫌いだ。」っていうショックから入った人程…ハマるんですよ。これはデータが取れているんですけど。やっぱり男も女もメンヘラ中のメンヘラ、中二病中のリアル中二病が揃い踏みでハマって欲しいと思っているので、ファッションメンヘラとかファッション中二病には僕はあんまり用は無いので。そういう意味では凄く悪意のある音楽なので。「絵空詩」に話を戻すと、まあ強いて言えば一番怨念が込もってます。自分が書いてきた曲や歌詞の中で一番怨念が込もっているんで…まあ歌っていて辛いですよね。

・聴いてる僕も何か色々辛くなります。俗に言うダークだとか鬱だとかカテゴライズされている物以上に聴いていて辛いんですよ…これはもうドローンだなって、精神的な。だから凄くそれぞれが移入する感情こそ違えど、感情移入してしまう曲だからこそ、否応無しに自分の中の色々と向き合わなきゃいけなくなって…辛いんですよ。僕はその感覚を久々に思い出しました。

 太宰治の「人間失格」を読んだ時に「こんな人には近づきたくもない!!」って思ったんですよね。或いはジョンフルシアンテのソロアルバム…大分ローファイでブリブリなのかパキパキなのか知らないですけど、ドラッギーなサウンドで…僕はジョンの事は崇拝してますけど、近づきたくもないですね。そんな感覚に陥る表現者ではありたいなとは思ってます。だからこうやってインタビューされるのは嬉しいです。「本当は」ですけどね(笑)。

・さて色々と纏めます。現在は新曲もライブでプレイされていますし、そろそろ2ndアルバムも見えてきていたりとかもあると思いますけど、次の作品はどんな作品になると思いますか?

 自分がどんな作品を作りたいかっていうのは、このインタビューの中でも出てきたみたいに言葉に出来ないというよりもしちゃいけない部分だと思うので…上手く言えないんですけど…まあ世間的には僕や僕等の研究成果を知りたがっている筈なので、それの斜め上は余裕で行くんじゃないかと、現時点では思ってます。
 スピリチュアルな話にはなりますけど、最近井の頭公園の付近に引っ越した事も、メンバーとの物理的な距離も近くなったりも、まあ自分の住んでるロケーションも含めて全部音楽の為に生きているので、まあそこに投資した時間やお金、或いは浪費していく物、全てが。「a sheep」は33年の研究成果の発表なので、そこから二年三年…1000日地球で暮らしてみて僕が感じて見えた物を描写するだけなんで。楽しみにしていて下さいとしか言えませんけど。



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ライブスケジュール

2015.5.6(WED)dues新宿
GOLDEN PEAK Ⅲ
※2会場サーキットイベント
http://www.diffusy.com/goldenpeak3

2015.6.5(FRI)新宿ANTIKNOCK
伝説のレジェンド20回記念
OPEN 未定 START 未定
ADV 未定 DOOR 未定

2015.6.28(SUN)吉祥寺WARP
ねぎらいのサイレン vol.3
w/Shinobu Motoori Group/カイモクジショウ/レイト/militarysniperpinfall
OPEN 未定 START 未定
ADV 未定 DOOR 未定

2015.7.5(SUN)大阪心斎橋HOKAGE
BAAXK
w/BIRUSHANAH/DEFILED/EKVO
OPEN 未定 START 未定
ADV 未定 DOOR 未定




印藤勢出演トークイベント

5月5日(祝・火)
ここがヘンだよライブハウス番外編
「ここがヘンだよ音楽人」@ dues 新宿
時間:OPEN 18:00 / START 19:00
料金:1,000円(ドリンク代込み)
内容・・・未定!
参加者・・・
印藤勢(新宿アンチノック / SEI WITH MASTER OF RAM)
山崎(MudWheel Records)
じゃいあん(THORN)
ikoma(胎動)
久米(ANTI-CLOCKWISE)
ミキヤ(ヘルミッショネルズ)
アオキヤスノリ(バンドweb屋)
後藤勇作(いわきSONIC / To overflow evidence)
松尾駿介(DISKUNION / dues 新宿 / KEEP AND WALK)
他、参加者決定次第随時追加
http://dues-shinjuku.diskunion.net/schedule/2015050501










【オフィシャルサイト】http://seiwithmasterofram.com/
【印藤勢ブログ】http://seiwithmasterofram.blogspot.jp/
【印藤勢twitter】https://twitter.com/seiwith




photographer : azumix



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(2013/04/03)
SEI WITH MASTER OF RAM

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SEI WITH MASTER OF RAM

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 かつてマシリトというバンドを率いていた印藤勢氏がマシリト活動休止後に結成したベースレスツインギター3ピースがこのSEI WITH~であり、今作は2013年リリースの1stアルバム。僕自身はマシリトはちゃんと聴いた事が無くて、マシリトでは歌謡フォークとヨーロピアンメタルの融合と言える音を鳴らしていたらしい。このSEI WITH~もそんな音楽性ではあるのだけど、もっと純粋な意味でのオルタナティブロックを僕は感じたし、フォークとヘビィロックの融合という言葉じゃ片付けられない作品だし、もっとロマンと沼みたいな深みと普遍性が今作にはある。



 そもそもオルタナティブとはなんぞやと言う問いに対して最早明確に回答をする事が出来る人って実は殆どいないと思うし、「概念」としての言葉であるから僕自身は具体的にこうだって言えない。寧ろ現在のシーンでは手垢に塗れて使い古されてしまった言葉であるし、オルタナって意味や真理を真面目に考える事は無意味だと思う。結局明確で全ての人を納得させる答えなんて無いし。でもSEi WITH~を聴くとこの音は間違いなくオルタナティブロックの一つの理想形であり、確かな回答だと思う。単に歌謡曲とフォークとメタルを融合させた音だからでは無い。食い合わせが一見悪そうな音が実は滅茶苦茶食い合わせが良く聴こえているし、今作を聴いて思うのは最早普遍性に満ちまくった音だし、もっと根本的なロックの流れにあると思う。異質だと思わせて実はこれ以上に無いスタンダード、アンダーグラウンドとオーバーグラウンドの中間地点にありながら、その両方にリーチする音。楽曲の完成度の高さと中毒性を生かした曲ばかりであるが、そこに縛りは何も無い。これこそが普遍性と異様さの結晶なんだと思う。
 第1曲「INDIAN FROM THE SKY」は正にSEI WITH~を体現するキラーチューンだ。四畳半フォークなアコギのフレーズと印藤氏の居場所の無い歌の哀愁。しかしアコギの音がヘビィなディストーションとなり、壮大で四畳半で大風呂敷おっ広げたみたいなやたらに壮大なリフからが本当の幕開けだ。ゴリゴリに高速の刻みのリフが渦巻き、ドラムも手数をガンガン放つタイプでは無いけど、ビートの骨格がこれ以上に無い位に強靭。こんなヘビィな音でありながら非常にメロいし、印藤氏はやたらにサイケデリックさを感じさせながらも、往年のHR/HM感のあるボーカルもキメるし、ソロはガッツり弾き倒すし、サイケデリックな音の妖しさもある。歌詞のフレーズにもある「正体不明の預言者」なんてフレーズが凄くしっくりくるし、ラストはゴリゴリにリフでキメる。この曲に関しては言葉にするのが本気で野暮だと思う位にキラーチューンであるし、捻れに捻じれた末に逆に真っ当になってしまったみたいな痛快さすらある。
 しかし今作の楽曲は非常に多様だと思う。第2曲「PONY」はハードロックらしいフレーズもガッツり盛り込みつつも、歌物としての色合いも強いし、もう何か普通にロックで良いじゃんって言い切ってしまいたい曲。一方で第3曲「TRACES REMAIN」はやたら壮大なメタル感溢れるスケールとフレーズを駆使しているのに、曲の持つクサさやメロさはフォークソングのそれだし、ラストの早弾きからのハイトーンシャウトのそれは見事なまでに古き良きメタル。バッキングとリードのツインギターの極意に満ち、攻撃性全開で攻める第4曲「浮墨ノ戦記」、ストーナー感を出しまくり、SEI WITh~流のサイケデリックロックでもある第5曲「CRYSTAL DOME PARADISE」もそうだけど、どの楽曲も多彩なアプローチをしながらも共通して言えるのはどの楽曲でも印藤氏の完全に好き嫌い別れるであろうボーカルなのに、ロックとメタルの両方の真髄を継承したボーカルを生かしているし、歌があって曲が生きる、曲があって歌が生きるという相互作用だ。
 そして特筆すべきは第6曲「絵空詩」だろう。今作で一番ストレートな楽曲でありながら、もっとも普遍性に溢れ、そこにあるのは余計な脳書きを無効にする歌とメロディの純粋な良さと凄みであり、満ち溢れる悲哀は涙腺を殴りつけてくるし、ラストの泣きまくったツインリードのソロなんかその涙無しでは聴けない歌同様に聴く人の心に「泣くが良い、声を上げて泣くが良い。」と伊藤政則ばりに訴えてくるだろう。第7曲「エンドロールを待たずに」のアンプラグドさと最終曲「慕情と墓標」のアコギと歌のみの消え入りそうなエンディングで今作は終わるけど。全8曲捨て曲無し、斬新であり、王道であり、異質であり、日本語ロックの一つの理想形だ。



 本質的な意味でのミクスチャーであると思う人もいれば、懐古的だと思われる音を出していると思わせておいて、それを蹴散らす音だと思う人もいるだろう。今作は人によって本当に多くの解釈が出来るし、その解釈に間違いは無い。それこそがもしかしたら本質的なオルタナティブなんだろうし、全てを受け入れる強さもある。しかしその根源にあるのは印藤勢という人間が持つロックに対する愛と憎悪なのかもしれないと僕は勝手に解釈していたりする。しかしこれだけは間違いないと思うのはSEI WITH MASTER OF RAMは自らロックの業を背負い、そして人々の音楽への愛と憎悪を背負ってもいる。だからこそどんな音を鳴らしても自らの音としての説得力があるし、だからこそ王道と邪道の両方をぶった切れるんだろう。日本語ロックの到達点であるし、理想形だ。



■Rhapsody in beauty/THE NOVEMBERS


Rhapsody in beautyRhapsody in beauty
(2014/10/15)
THE NOVEMBERS

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 今年、これまでを総括するシングルをリリースしたノベンバだが、その先のアクションは想像以上に早かった。前作リリースから約1年のスパンで届けられた2014年リリースの5thである今作は、前作で見せた多様性と陰鬱さと残酷さとは全く違う作品である。今作は「美しさ」をテーマにした作品となっており、同時にノベンバのこれまでの作品で最もロックのロマンを感じる作品になっていると思っている。前作での多様性とは全然違うし、しかしこれまでのノベンバとも違う、歪みも美しさも耽美さもノイジーさも手にした残酷過ぎるロマンの結晶だ。



 非常に個人的な感想ではあるし、雑な言い方にはなってしまうかもしれないけど、今作は80年代や90年代初頭のロックや、もっと言えばSSE周辺のバンドの持っていたロマンと耽美さと共通する空気感を持っていると思っていたりする。全体的に録音は少し粗さを残した歪みを感じさせる音になっているし、単に美しさを追求した作品ではなくて、歪みと美しさのっ調和であり、同時に現行のロックとは全然違う方向性の音になっているのに、懐古主義的な音にはなっていない。様々な先人へのリスペクトや影響を感じさせながら、それを取り込んで消化するのは進化の定石であるし、ノベンバは真っ当なまでにそれをやってのけている。シロップやアートのフォロワーとして登場した頃とは全然違うバンドになったし、こうしてロックサウンドを再び鳴らす事によって、図らずしもノベンバは完全に化けてしまった事を証明した。
 第1曲「救世なき巣」は浮遊感と轟音が渦巻き、輪郭が崩壊したアンビエントさを感じさせる一曲であり、今作はそこから始まる。荒々しいノイジーな音と、エフェクトをかけまくっている小林氏の歌による残酷な美しさの幕開け。単なるノイズでは無く、荒涼とした物悲しさに溢れている。しかし今作は堂々とロック作品だと前述した通り、第2曲「Sturm und Drang」からはノベンバの新境地とも言えるロックの始まりだ。エフェクターを多数使っており、かなり音を弄りまくっている筈なのに、プリミティブなリフの応酬とビートの応酬がスリリングに繰り広げられ、歌はやっぱりエフェクトをかけまくっているし、叫びを駆使しまくっていて歪んでいる。ヘビィさを感じさせるリフは前作でもかなり出てきたけど、ここまで疾走感溢れる音では無かったし、しかし突き抜ける様でありながら、落ちていく様でもある音が生み出すカタルシスな何なんだ。第3曲「Xeno」からようやくもっとロックらしいフォーマットの曲になり、小林氏の歌の輪郭も明確になる。フィードバックするギターとシンプルなビートが生み出す音塊、第4曲「Blood Music. 1985」も音の粒の粗さを感じるのに、楽曲そのもののキャッチーさを活かし、メロディも掴みとりやすく、でも轟音系ロックのフォーマットとはまた違うズレを感じるし、数多くのバンドの影響を感じながら、その何処にも行かない感じで、ノベンバという磁場を生み出している。dipだったりとか、ブランキーだったりとか、Borisだったりとか、そういった孤高のロックバンドが持つ空気感であり、小林氏は間違いなくそれらのバンドの影響は受けていると思う。でもそれを模倣する事はせずに、ノベンバという核の中にしっかりと取り込んだ事によって、新たな音として消化しているのだ。
 そんな流れから自然な形で過去の楽曲の再アレンジである第5曲「tu m' (Parallel Ver,)」へと流れるのは流石だけど、「Misstopia」に収録されているVerとは明らかに印象は違う。「Misstopia」のVerはアコギ基調の枯れ木の様な物悲しさに溢れていたけど、今作のVerはオルゴールとクリーントーンのエレキギターを基調にしたアレンジになっているし、少しずつ豊かな色彩が花開いていく印象なのだ。そしてタイトル曲である第6曲「Rhapsody in beauty」のSonic Youthばりのホワイトノイズと、80年代ロックからラルクまでを感じる高揚感と耽美さと優しさの極彩色のサウンドは脱帽だ。荒々しさと美しさが見事に共存し、爆音で聴けば聴く程に、意識が高揚するのを感じるし、覚醒する。そんな高揚感を受け継いでの第7曲「236745981」、耽美なダークネスと前作で見せたヘビィなグルーブとリフによるドロドロと渦巻く情念の一曲である第8曲「dumb」も今作の確かなキモになっている。
 そしてノイジーでロックな曲が続いてからの第9曲「Romancé」は間違いなく今作のハイライトであり、ノベンバの新たな到達点である。高松氏の動くまくるベースラインが楽曲を引率し、シンセとシンプルなギターの音色と小林氏の歌が織り成す今作屈指の歌物でるが、まるで中谷美紀が歌っていても違和感が無いであろう、美しく耽美なメロディと、甘い残酷なロマン、揺らめく音の波と、シンプルな楽曲構成によって生まれるのは、まるでThe Cureの如し甘きロマンスだ。そして最終曲「僕らはなんだったんだろう」はアンプラグドな歌物となっており、終盤までのノイジーさと美しさの同居から、終盤の2曲の「今日も生きたね」を生み出したからこそ到達できた、シンプル極まりない普遍性は今のノベンバの一番の武器なのかもしれない。



 最早ノベンバは俗に言う「ロキノン系」だとか「ギターロック」の広い様でいて狭い範疇で語ってはいけないバンドだと思う。ここ最近の作品や、まさかのBorisとの対バンだったりで、これまでのイメージを変化させ、これまでノベンバとは無縁だった層にも着実にアピールしている。今作は非常に多数の色彩によって描かれたロマンと美しさの作品であるが、それこそがロックが持つ魅力であると思うし、ノベンバは紛れも無く「本物のロックバンド」になった。ロックの持つ妖しさやドキドキが今作には間違いなくあるし、流行や、既存の音には決して歩み寄らないで、ノベンバはノベンバにしか歩けない覇道を間違いなく歩いている。その道の先はまだ誰も分からないけど、ノベンバは、どこまでも純粋にロックバンドであり続ける。



■Guitar/LOSTAGE

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 奈良から世界にその爆音を放つLOSTAGEの2014年リリースの6枚目のフルアルバム。タイトルはまさかの「Guitar」だ。ジャケットもギターだし、ここまで真直ぐなアルバムタイトルとジャケットに驚いた人は多いかもしれない。今作も前作同様にレコーディングは地元奈良のNEVERLANDでレコーディングされ、レコーディングアシスタントとギターサポートにex-Crypt CityのSeb Roberts、そしてここ最近の彼らの作品では御馴染みのRopesのアチコ嬢がコーラスで参加。エンジニアは岩谷啓士郎を迎えている。



 さて3人編成になって3枚目のフルアルバムだけど、今作は見事なまでに歌物の作品となっており、LOSTAGE特有のエッジの効いたサウンドで切り裂くポストハードコア全開な曲は収録されていない、どの楽曲も非常に普遍性の高い曲ばかり並ぶし、言ってしまえばLOSTAGEというバンドはソリッドな攻撃性だけじゃなくて、普遍性と叙情的なメロディも大きな武器である事は過去の作品を聴けば分かると思う。今作は攻撃的で直接的に刺す音こそ前面には出ていないけど、紛れも泣くバンドとして深化と円熟を感じさせる音が溢れているし、本当に普遍的な良さに満ちている。
 実質的な今作のオープニングである第2曲「コンクリート / 記憶」を聴けば分かるけど、決してバンドとしての音は全然日和ってなんかいない、五味兄のズ太く歪んだベースラインはより深淵まで抉る音になっているし、五味弟のギターも泣きのメロディを奏でながら突き刺していく、岩城氏のドラムも持ち前のビートの強さを相変わらず見せ付けているし、あくまで硬質なバンドサウンドは変わっていないし、寧ろより研ぎ澄まされている。バンドとしてのアンサンブルがより強固になりながらも、ざらつきを残しながらも、五味兄はとにかく切なく感情豊かに荒涼感を露にしながら歌い、メロディはどこか優しくありながらとにかく切ない。元々LOSTAGEというバンドは普遍性もグッドメロディもあったバンドだし、それを研ぎ澄ましたからこそ今作は生まれたんだと思う。かといって器用に歌物の作品に仕上げましたかと言えば大違いだし、このバンドの歌はとにかく不器用な歪さばかりだ。第3曲「Nowhere / どこでもない」ではここぞという所では轟音ギターが渦巻き、感情を揺さぶりまくるけど、その音にカラフルさやポップさは勿論無い。なんというかどの楽曲もそうなんだけど、剥き出しで余計な装飾を拒んだ音になっているのだ。だからこそメロディが素朴かつ素直に伝わるし、歌もじんわりと心に来る。
 第4曲「いいこと / 離別」は前作に収録されている「BLUE」の様な青き疾走感をより明確にした楽曲だし、第5曲「Guitar / アンテナ」は今作で唯一LOSTAGEの持ち味の一つである吐き捨てる言葉とソリッドな音で突き刺す攻撃性が際立つ楽曲だけど、そんな楽曲でもバンドとしての大きな円熟を感じるし、特にアルバムの後半の楽曲は本当に剥き出しの音しかない。第6曲「深夜放送 / Unknown」は余計な音を本当に削ぎ落とし、シンプル極まりない音のみで構成され、アチコ嬢のコーラスが確かな風通しの良さを生み出し、心がキュンとする。第7曲「Flowers / 路傍の花」は彼らの普遍性の一つの集大成であった「NEVERLAND」の深化形であり、素朴なサウンドと、柔らかな音と歌によって傷だらけでもポジティブに前を向くエネルギーを感じる名曲であるし、今作を象徴する一曲になっていると思う。郷愁の音色が涙腺を刺激しまくる第8曲「Boy / 交差点」、そして決定打は今は亡きbloodthirsty butchersのフロントマンであり、俺たちのジャイアンである吉村秀樹に捧げたレクイエムである最終曲「Good Luck / 美しき敗北者達」だ。今作のテーマに喪失や死や別れといった物を五味兄の書く歌詞から感じたりするんだけど、そんな今作を締めくくる8分近くにも及ぶ普遍性とエモーションが緩やかでありながらも確かに渦巻く名曲だし、レクイエムでありながら確かな生をこの曲から感じるし、そうかLOSTAGEはとうとうそうした感情まで見事に表現するバンドになったんだな。最高のエンドロールの先にあるのは確かな明日への渇望と希望だ。



 LOSTAGEはポストハードコア的なアプローチも勿論最高なんだけど、同時に普遍性とグッドメロディも素晴らしいバンドだし、ここまで素直な作品を作り上げたのは間違いなくバンドの覚悟の表れだろう。今作に存在する音と言葉は安易な希望ではないし、確かな絶望や悲しみが直ぐ横に存在している。だからこそ彼等のバンドとしての前向きさや傷だらけの格好良さがより説得力を増して伝わってくるし、本当の意味での生命賛歌なんだと思う。本当に素晴らしいアルバムだ。LOSTAGEというバンドの底の知れなさを感じると同時に、本当にバンドとしての強さを感じる傑作。



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AKSK

Author:AKSK
メジャーの物からマニアックな物まで良い音楽を幅広く紹介してこうと思ってますが、ハードコアとかが多目だったりします。他にもコラム書いたりもしています。

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