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■最低の昨日はきっと死なない/それでも世界が続くなら





 2011年にex.ドイツオレンジ篠塚氏を中心に結成された通称:それせかの2015年リリースの6thアルバム。2013年にメジャーデビューを果たしたが、2015年5月にリリースした5thアルバム「僕は透明になりたかった」を最後にメジャーからのリタイアを宣言。それから半年程でのリリースとなる。
 レーベル無所属という完全自主制作作品となっており、まるで生き急ぐ様に作品リリースを重ねているから色々心配になってしまったけど、今作は紛れもなくバンドにとっての最高傑作であり、国産ギターロックの金字塔的作品だと僕は勝手に思っている。



 今作の大きな特徴は二つある。一つは多重録音やクリック等を一切使わず、廃カラオケボックスの一室で一発録音された作品である事。「僕は透明になりたかった」もメジャーとは思えない音の荒さや生々しさが強かったが、それの比じゃない切迫感が作品には充満している。そしてほぼスタジオライブと同じ環境で録音されたにも関わらず音源としての完成度が素晴らしい。ライブバンド:それせかの実力を真空パックした作品だ。
 もう一つは「希死念慮」が今作のテーマになっている事。これまでもいじめ、虐待、家庭環境、病気、レイプ等の重いテーマを曲にして来たけど、それすら超えてただひたすら死について歌った作品となっている。
 今作にはアッパーな曲や分かりやすいディストーションサウンドの楽曲はほぼ皆無だ。空間系エフェクターによるポストロックな音色こそ多いけど、静謐さで引っ張る曲ばかりであり、内側へ内側へ沈み込む音ばかりが続く。なのに血流する絶望と渇望の感情。そしてただひたすらに暗く悲しく美しい。
 スロウテンポで削りに削った音数で歌われる第1曲「昨日が終わるまで」から死の匂いしかしないトレモロフレーズに心が引き込まれていくが、第2曲「浴槽」はバンド史上最も痛々しく終わりを願う名曲。トレモロリフのみで進行する楽曲、何度も悲痛に歌われる「返して」という言葉。この2曲だけで、目の前にぶら下がった死へと否応なしに向き合うしか無くなる。
 ビートこそやたらダンサブルさもあるのに、ドープに沈むビートと自傷的ディストーションのラストにハッとさせられる第3曲「冷凍保存」、篠塚氏の弾き語りによる分かり合えない事に対する諦めを歌った第4曲「ひとりぼっち」、透明になりたいのになれない淀みの中を彷徨うシューゲイジングギターが消え入りそうな儚さを描く第5曲「傾斜」、重低音の効いたビートが小宇宙の中でただ笑う事すら忘れて取り残される第6曲「落下」、メランコリックなメロディであるのに、聴いていると叫びそうな気持ちになってしまう第7曲「少女と放火」まで本気で絶望的な曲しかない。
 篠塚氏の歌の力は歌詞と共に嫌でも聴手に突き刺さってくる。決して誰かに押し付けるトーンで歌っていないのに、だけど歌と言葉が音と共に共存し合っているからこそ、聴いてて涙が止まらなくなる。僕が個人的にこの感覚を覚えたのはisolate苔口氏のバンドであるRegret Griefを聴いた時以来だ。
 そんな曲ばかり並ぶ中で唯一アッパーな第8曲「最後の日」は行き着く先はそこにあったのかと気付かされる。bloodthirsty butchersの吉村氏のギターの音を個人的に思い出した優しいファズギター、「俺はもう長生きでいいよ」という歌詞のフレーズはどんなに死を望んでいても結局は「死なない」という悟りの境地にまで達している。
 そして再び自問自答の世界で「死なない」日々へと消えていく最終曲「失踪未遂」で取り残された気持ちで終わる。



 まるで「生活」の頃のエレカシとSyrup16gと「深海」の頃のミスチルとブッチャーズが全く薄くならずに共存してしまった世界。安易な絶望や慰めすら尻尾を巻いて逃げ出すリアル。完全に悟りの境地であり、アンビエント色の強い音色が余計に悲しく響く。底の底に沈んだ先に何を見るかは聴き手それぞれだ
 だけどカテゴライズされた絶望や死にたさでは無く、本気で足掻く人を優しく包み込む作品だ。こんなリアルで生々しくて残酷で優しくて透明な音は他に無い。
 それせかがずっと描き続けたポピュラーミュージックの到達点であり、そこにあるのは目を背けたくなる日々の絶望と現実。だけど何があってもこの歌は死なない。打算も理想も無いからこそ、この歌が届いた人にとっては掛け替えのない物として残り続ける。だからこそこのバンドは本物だ。



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■Kranke/Syrup16g

Kranke



 奇跡の生還ライブから再結成、そして昨年のアルバムリリースとシロップは完全に表舞台に帰ってきたけど、意外と間を空けないであっさりとリリースされた5曲入EPである今作。昨年リリースされた「Hurt」では荒さが結構出ていたし、一先ずはシロップ復活記念作品でありながらも、新たなシロップの始まりを告げる作品となったが、今作は非常に優しい歌物の楽曲が並び、五十嵐がソングライターとしてまだまだ枯れてなんかいないって強く確信させてくれる傑作になっている。



 と書いてはみたけど、今作を先ず一周聴いてみて抱いた感想は言い方が悪いけど「地味」の一言だった。いやシロップ自体が元々優れたメロディセンスを持つバンドでありながら、アレンジ等が非常に地味だったりするバンドだし、それは今作もそうなんだけど、一言で言えば解散前の作品達にあった毒素だったり切迫感だったり絶望感がほぼ無くなっている。今作で歌われている事は言ってしまえば諦めの悪さと、思春期的な拗らせた感情とこれ以上に無い位にシロップではあるけど、本当に優しいのだ。シロップはその完膚無きまでの虚無感と絶望感を甘いコードに乗せて突き刺すバンドではあったけど、今作は言ってしまえば救いの作品であり、シロップの奥底にあった諦めの悪さという感情を曲にした物ばかり。そして個人的な空想の域を脱してはいないけど、今作を聴いて思ったのは五十嵐はバンド名の意味の一つであった「ぬるいままで好きな音楽を好きなだけやろう」というスタンスになっているんだと思う。楽曲はここ最近の流行りの音の要素なんて勿論無いし、五十嵐のルーツである80年代UKロックだったりとかの影響がやっぱり強い。でもそれで良いんだと思う。今のシロップのモードは完全に気ままに好きな音だけ奏でたいってモードであるがこそ、今作は純粋な作品であり、そして聴き込む程にゆるやかに浸透していく。結局は根底としては何も変わっていないって安心感があるし、「Hurt」と違って肩の力が抜けているからこそ五十嵐の伝家の宝刀である甘く美しいメロディセンスが見事に光っている。
 今作のリードトラックである第1曲「冷たい掌」も転調こそあったりはするけど、コードワークはシンプル極まりないし、切なさ溢れるラブソングになっている。北田氏のベースラインのセンスはやっぱり天才的であったり、大樹ちゃんのドラムは荒々しく猛る訳では無いにしても、シンプルであるからこそ強くもある。何よりも五十嵐の歌が本当に優しい。今作の中では異質でロック的で刺々しいギターワークが光る第2曲「vampire's store」もそんな優しさがあるし、攻撃的なサウンドではあるけど、禍々しくは無いし、自然体のシロップのロックだ。
 「オーオーアアエー」なんてボーカルで思わず笑みが溢れてしまったインタールードである第3曲「songline」を挟んでの後半の2曲は特に素晴らしい。第4曲「Thank you」なんてタイトルがもうらしく無いんだけど、歌詞も曲も完全にシロップ。やっぱり地味だなーって思いつつも、風通しの良い疾走感だったりは再結成後のシロップの中で大きなファクターなんじゃないかなって思ったりもする。爽やかではあるけど、でもちょっとだけドロっとしていたりって言うのが、シロップの諦めの悪さそのままなんだ。そして第5曲「To be honor」はシロップの解散前と再結成後という区切りを作った上で、完全に再結成後を象徴する屈指の名曲になっているだろう。諦めを言葉で羅列していると思わせといて、でも先にゆっくりと歩いていくという意思を歌っている様にも思えたし、解散前の楽曲で言えば「イマジン」とかに近いサウンドでありながらも、ドロドロはしていないし、五十嵐の歌はやっぱ不安定でもありつつ、でも話しかけるようでもある。気が付けばこの曲が頭の中でずっとリフレインしているし、壮大でも無いしダークでも無いけど、これが再結成後のシロップの新たなるスタンダードなんだと思う。



 何となくだけど、今作は五十嵐が再結成以降のシロップを新たに作っている段階の作品であると感じたし、解散前とは色々と状況も違うからこそ、現在進行形でのシロップを新たに構築している最中だと思うのだ。だからこそその再構築が完了した時にシロップはまた凄まじい作品を生み出すと思うし、どうしても解散前のシロップが神格化されてしまっているからこそ、色々と思うことがある人は多いのかもしれないけど、でも今作の楽曲たちは間違いなくシロップ以外には作れない曲ばかりだし、静かにゆるやかに、でも確実にシロップは歩み続けている。だからこそ地味ではあるが、不変的な名曲ばかりの作品だ。



■Rhapsody in beauty/THE NOVEMBERS


Rhapsody in beautyRhapsody in beauty
(2014/10/15)
THE NOVEMBERS

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 今年、これまでを総括するシングルをリリースしたノベンバだが、その先のアクションは想像以上に早かった。前作リリースから約1年のスパンで届けられた2014年リリースの5thである今作は、前作で見せた多様性と陰鬱さと残酷さとは全く違う作品である。今作は「美しさ」をテーマにした作品となっており、同時にノベンバのこれまでの作品で最もロックのロマンを感じる作品になっていると思っている。前作での多様性とは全然違うし、しかしこれまでのノベンバとも違う、歪みも美しさも耽美さもノイジーさも手にした残酷過ぎるロマンの結晶だ。



 非常に個人的な感想ではあるし、雑な言い方にはなってしまうかもしれないけど、今作は80年代や90年代初頭のロックや、もっと言えばSSE周辺のバンドの持っていたロマンと耽美さと共通する空気感を持っていると思っていたりする。全体的に録音は少し粗さを残した歪みを感じさせる音になっているし、単に美しさを追求した作品ではなくて、歪みと美しさのっ調和であり、同時に現行のロックとは全然違う方向性の音になっているのに、懐古主義的な音にはなっていない。様々な先人へのリスペクトや影響を感じさせながら、それを取り込んで消化するのは進化の定石であるし、ノベンバは真っ当なまでにそれをやってのけている。シロップやアートのフォロワーとして登場した頃とは全然違うバンドになったし、こうしてロックサウンドを再び鳴らす事によって、図らずしもノベンバは完全に化けてしまった事を証明した。
 第1曲「救世なき巣」は浮遊感と轟音が渦巻き、輪郭が崩壊したアンビエントさを感じさせる一曲であり、今作はそこから始まる。荒々しいノイジーな音と、エフェクトをかけまくっている小林氏の歌による残酷な美しさの幕開け。単なるノイズでは無く、荒涼とした物悲しさに溢れている。しかし今作は堂々とロック作品だと前述した通り、第2曲「Sturm und Drang」からはノベンバの新境地とも言えるロックの始まりだ。エフェクターを多数使っており、かなり音を弄りまくっている筈なのに、プリミティブなリフの応酬とビートの応酬がスリリングに繰り広げられ、歌はやっぱりエフェクトをかけまくっているし、叫びを駆使しまくっていて歪んでいる。ヘビィさを感じさせるリフは前作でもかなり出てきたけど、ここまで疾走感溢れる音では無かったし、しかし突き抜ける様でありながら、落ちていく様でもある音が生み出すカタルシスな何なんだ。第3曲「Xeno」からようやくもっとロックらしいフォーマットの曲になり、小林氏の歌の輪郭も明確になる。フィードバックするギターとシンプルなビートが生み出す音塊、第4曲「Blood Music. 1985」も音の粒の粗さを感じるのに、楽曲そのもののキャッチーさを活かし、メロディも掴みとりやすく、でも轟音系ロックのフォーマットとはまた違うズレを感じるし、数多くのバンドの影響を感じながら、その何処にも行かない感じで、ノベンバという磁場を生み出している。dipだったりとか、ブランキーだったりとか、Borisだったりとか、そういった孤高のロックバンドが持つ空気感であり、小林氏は間違いなくそれらのバンドの影響は受けていると思う。でもそれを模倣する事はせずに、ノベンバという核の中にしっかりと取り込んだ事によって、新たな音として消化しているのだ。
 そんな流れから自然な形で過去の楽曲の再アレンジである第5曲「tu m' (Parallel Ver,)」へと流れるのは流石だけど、「Misstopia」に収録されているVerとは明らかに印象は違う。「Misstopia」のVerはアコギ基調の枯れ木の様な物悲しさに溢れていたけど、今作のVerはオルゴールとクリーントーンのエレキギターを基調にしたアレンジになっているし、少しずつ豊かな色彩が花開いていく印象なのだ。そしてタイトル曲である第6曲「Rhapsody in beauty」のSonic Youthばりのホワイトノイズと、80年代ロックからラルクまでを感じる高揚感と耽美さと優しさの極彩色のサウンドは脱帽だ。荒々しさと美しさが見事に共存し、爆音で聴けば聴く程に、意識が高揚するのを感じるし、覚醒する。そんな高揚感を受け継いでの第7曲「236745981」、耽美なダークネスと前作で見せたヘビィなグルーブとリフによるドロドロと渦巻く情念の一曲である第8曲「dumb」も今作の確かなキモになっている。
 そしてノイジーでロックな曲が続いてからの第9曲「Romancé」は間違いなく今作のハイライトであり、ノベンバの新たな到達点である。高松氏の動くまくるベースラインが楽曲を引率し、シンセとシンプルなギターの音色と小林氏の歌が織り成す今作屈指の歌物でるが、まるで中谷美紀が歌っていても違和感が無いであろう、美しく耽美なメロディと、甘い残酷なロマン、揺らめく音の波と、シンプルな楽曲構成によって生まれるのは、まるでThe Cureの如し甘きロマンスだ。そして最終曲「僕らはなんだったんだろう」はアンプラグドな歌物となっており、終盤までのノイジーさと美しさの同居から、終盤の2曲の「今日も生きたね」を生み出したからこそ到達できた、シンプル極まりない普遍性は今のノベンバの一番の武器なのかもしれない。



 最早ノベンバは俗に言う「ロキノン系」だとか「ギターロック」の広い様でいて狭い範疇で語ってはいけないバンドだと思う。ここ最近の作品や、まさかのBorisとの対バンだったりで、これまでのイメージを変化させ、これまでノベンバとは無縁だった層にも着実にアピールしている。今作は非常に多数の色彩によって描かれたロマンと美しさの作品であるが、それこそがロックが持つ魅力であると思うし、ノベンバは紛れも無く「本物のロックバンド」になった。ロックの持つ妖しさやドキドキが今作には間違いなくあるし、流行や、既存の音には決して歩み寄らないで、ノベンバはノベンバにしか歩けない覇道を間違いなく歩いている。その道の先はまだ誰も分からないけど、ノベンバは、どこまでも純粋にロックバンドであり続ける。



■Hurt/Syrup16g


HurtHurt
(2014/08/27)
syrup16g

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 2013年の五月に五十嵐隆生還ライブと言う名の実質Syrup16gの再結成ライブ。そしてその一年後の2014年の6月にに正式に再結成がアナウンスされ、そして突如としてアナウンスされた再結成後の完全なる最新作。この作品をどれだけの人が心待ちにしていて、どれだけの人が本当にリリースされるかビクビクしていただろうか。今作は2014年リリースの実に6年半振りのシロップの最新作であり、シロップが一度解散してからポストシロップなんて売り文句で色々なバンドが登場したりしたけど、その穴は誰も埋められなくて、日々の絶望や怠惰や諦めや嘆きや、それでも希望とか少しばかりの意地や愛とか、どこまでも人間臭い事を歌い続け、それは鬱ロックなんてゴミみてえな括りに括られたりもしたけど、五十嵐隆という天才であり、ゴミクズなギターロック界の冨樫みてえな立ち位置にいた天才メロディメイカーの最新作だ。先ずはこのアルバムがリリースされただけで、中学生の頃からずっとこのバンドを追いかけ続けた僕としては本当に心から嬉しい。



 ここからは本当に個人的感情ばかり入り混じってまともな紹介にはならないんだろうけど、今作で感じた事は本当に沢山ある。五十嵐隆という男は本当に素晴らしいソングライターである事、同時に五十嵐・中畑・北田の鉄壁の三人によるシロップというバンドはまだまだ未完成であるという事。これまで数多くリリースされたシロップの作品はどれも余計な装飾の無い、剥き出しの作品ばかりであったけど、どれもがとんでもない完成度の作品ばかりであった。解散前にリリースされた「Syrup16g」という作品の延長線上にある作品であるけど、今作を何度も聴いて感じたのは、シロップというバンドはまだ未完成であるし、何も完全じゃ無かったという事だ。正直に言ってしまうと今作はシロップのリリースしたこれまでの作品の中でそれぞれの楽曲の完成度のバラつきが出ている作品でもあるし、それはシロップと言うバンドが劣化したと感じる人も多いのかもしれない。でも僕個人としては、完成度自体はやっぱりどの曲も高いし、ただ新たに再結成してバンドを新たな地平に持っていくまでの試行錯誤と探り探りな感じがどうしても出ている。これは再結成後の完全で完璧な作品では無くて、
再結成から新たな一歩を踏み出す為の「経過」としての作品なのだろう。今作は解散前の延長にありながら、同時に五十嵐が再び原点に戻った作品でもある。そりゃ洗練なんて全く無い。
 ソリッドなギターリフとやたらとオリエンタルなギターフレーズの反復と、ニューウェイブ的なビートの構築理論、これまで以上に目立ち、テクニカルさを発揮し、よりメロディを司るベース、これまでのシロップらしさがありながらも、これまでにないシロップを感じさせる第1曲「Share the light」はよりダイナミックになった音の連続に驚くし、五十嵐が何も日和って難解ねえ事を証明する見事なまでにシロップらしい復帰宣言の一曲だろう。ギターロックの甘さとソリッドさを音と言葉に詰めて、相変わらずなどうしようもねえ感じも健在。第2曲「イカれた HOLIDAYS」はこれ以上に無い位にメロディメイカー五十嵐の才能が発揮された名曲で、諦めややるせなさを相変わらず歌っているどうしようもなさ、シンプルな構成と音、そして余計な装飾の無さ。ああ、これこそがシロップであるし、こんなシンプルなのに誰も真似出来ない事をこのバンドはやっていたんだなって改めて実感させられた。メロディアスでありながら動きまくるベースワークと、コーラス基調のギターワークでありながら、よりバンドとしての生々しさを手にし、同時にThe Cureモロな音がまたどうしようもなく愛おしくなる第3曲「Stop brain」、メロディアスな疾走感とソリッドな音とシンプルなコード進行による第4曲「ゆびきりをしたのは」。ここまでどの曲も良いけど、どの曲も解散前のシロップを越えたかと言われるとそれはNOだし、言うならば良くも悪くも解散前と変わっていない。よりプリミティブなバンドサウンドとしての生々しさを手にしているという点や、これまでに無かったアプローチも若干あったりもするけど、どうしようもなく危ういまんまだ。
 中盤のダウナーさとメロディアスさの融和した「(You will) never dance tonight」、こちらも80年代のニューウェイブ感を出している「哀しき Shoegaze」、ダンサブルなビートをとギターワークを機軸にしたダンサブルな「メビウスゲート」。ここらへんの曲は五十嵐のルーツにかなり接近した楽曲ばかりだけど、これまでのシロップの楽曲たちに迫る完成度があるかというと、それはNOだし、五十嵐自身が自らのルーツを再認識してまたシロップに昇華する為の楽曲なのかもしれない。だけど今作のリードトラックになっている第8曲「生きているよりマシさ」はこれ以上に無いシロップらしいネガティブさで突き落としながら、同時に無垢な愛を歌っていたりするし、余計なアプローチが無いからこそ、この曲のシンプルな輝きと、五十嵐の言葉の数々はどうしようもなく嵌るし、「死んでる方がマシさ」なんて一見諦めで全てを突き落としている様にも思える言葉だけど、でも結局は諦める事なんて出来ないちっぽけな意地やプライド、このもどかしくてクズな感じ、ネガティブな癖に、でもまだ希望捨てられねえ感じ、この感覚をシロップの他に表現できたバンドはいないし、「君といれたのが嬉しい」なんて言葉が素直に出てきてしまうのがもうずるい。そして驚くべきは終盤の2曲だ。「宇宙遊泳」なんて甘いメロディが疾走感と共に、彼方へと連れ去るロマンティックな曲だし、シロップのドロドロしたあの音では無くて、まるでSportsの様な浮遊感と疾走感と甘さと躍動感が未知へと導く名曲で、見事にシロップらしくないのに、なんでシロップにしか出せない音なんだろうか。そして最終曲「旅立ちの歌」なんて本当にらしくない。こんなやけぱっちだけど結局前向きな事を歌っちゃう五十嵐はらしくない!!なのに、本当にらしいからムカつく。五十嵐なんてウダウダしててバンド解散させて、新しくバンド組んだけど直ぐに解散して、結局中畑と北田いないと何も出来ないクズ野郎の癖にって思ったし、でもそんなゴミクズ野郎だからこの曲歌えるんだし、開き直りじゃなくて、やっと決めた覚悟を歌っているし、だからこそこの曲を聴いて俺はシロップは本当に戻って来たと確信した。



 このアルバムはこれまでシロップを聴いていた人からしたら、それぞれの想いがあるし、絶賛する人もいればdisる人もいるだろうし、僕を含めた元々シロップ好きだった人間の今作に対する感想なんて、シロップ知らない人からしたら本当にアテになんてならないから耳を貸す必要なんて無いけど、でもなんで五十嵐隆とかいうゴミクズニートの癖にメンヘラのカリスマになっちまって、武道館ライブまでやってしまったんだっていう男が率いるSyrup16gというバンドが、他に代えのいないバンドなのかは、今作を聴けば分かるだろう。結局絶望にも希望にも振り切れないゴミクズっぷり、その癖シンプルなアプローチをすればする程に際立つ天才的メロディーセンス、聴き手を突き放しもしないし、抱きしめもしない所。ああ、これこそがシロップなんだって思う。今作は始まりの作品だ。だからこそ歪だし、全曲名曲とは言えないけど、でも最高にシロップらしいシロップにしか生み出せなかった作品だ。結局僕にとってシロップは一生好きなバンドなんだと思う。



■NOISE/BORIS


NOISE (ALBUM+SINGLE)NOISE (ALBUM+SINGLE)
(2014/06/18)
BORIS

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 遂に出た。「NOISE」である。ヘビィロックを基点に全ての音を縦断する変幻自在であり孤高であり最果てのバンドであるBorisの2014年リリースの最新作。ヘビィロックサイドの大文字名義では実に6年振りのリリースである。昨年は小文字名義のborisでのリリースや昨年から今年頭にかけての精力的な日本でのライブ、勿論世界レベルで評価されるバンドとしてのワールドワイドな活動と本当に止らないバンドだけど、遂に決定打と言える作品をリリースしてしまった。リリースは国内盤CDはエイベックス、アナログ盤はDaymareからで、エイベックス盤にはボーナスディスク付。



 Borisはこれまでの多数の作品をリリースし、その形骸を嘲笑う自由過ぎる変化と進化の軌跡を進んできたけど、今作NOISEはBORIS名義の作品でありながら、ヘビィロックサイドに留まらずboris名義での要素を持つ楽曲も普通に存在するどころか、これまでのBorisを総括する作品であり、しかしただ総括するんじゃなくて、散らばりまくった点を一つにせずにそのまま「NOISE」という箱にブチ撒け、そしてそれを最新の形で進化させたのだ。2011年にリリースされた3枚のアルバムは本当に大きな驚きに満ちていたし、特にJ-POPからエクストリームミュージックを奏でた「New Album」のインパクトは相当だったけど、「New Album」同様に成田忍氏がプロデュースした今作は「New Album」が一つの実験であるなら、今作はこれまでリリースした膨大なる作品が持つそれぞれの実験の結果の再検証であり、同時に発表であり、実験を踏まえた上での実践であり、そしてそれらを散らばったままヘビィロックとして鳴らし、結果として非常にBorisらしい総決算的な作品に仕上げたと思う。本当にこのバンドの触れ幅の大きさやアイデアの多彩さは驚くしかない。
 今作はこれまでのBorisをほぼ網羅した作品であり、収録されている8曲が見せる音は完全にバラバラだ。しかしどこを切っても存在するのはBorisにしか生み出せなかった音だし、それぞれの楽曲がこれまでの作品の焼き直しや再利用では無く、これまでの作品を完全に通過させる事によって全く別の次元へと到達させた作品だ。言ってしまえば「flood」も「PINK」も「New Album」も「feedbacker」も「Heavy Rocks」も今作にはあるし、同時にその過去の作品は存在すらしていないのかもしれない。全曲が必然的にそれらの作品の新たなる息吹であり、長い実験とリリースとライブを重ねて生み出した終着点であり、そして次の出発点なのだから。そう考えると今作は「NOISE」というタイトル以外を受け付けない作品だと思うし、あらゆる音の混迷と、ヘビィロックが放つ幾多の音の色が混ざり合った得体の知れない「何か」。そうかそれがBorisが生み出すノイズなのか。
 先ずそのタイトルに驚かされる第1曲「黒猫メロディ」は「New Album」で見せたポップネスが生み出すエクストリームミュージックの最果てであり、冒頭のV系ライクなギターフレーズなんかモロ過ぎて最高だけど、「New Album」と明らかに違うのは、サウンドプロダクトを小奇麗に纏めていない事だ。「New Album」に収録されているポップネスの極限を生み出した「フレア」と違うのは、曲自体は「フレア」同様にBoris流のポップスやらギターロックへの回答であるのだけど、音質はハイファイな音じゃなくて、確かな歪みを感じさせるし、ヘビィなリフが音の粒子を拡大させ、轟音として轟いているし、中盤のギターソロは最高にストーナーでサイケデリックだ。ポップさとヘビィさとサイケデリックの融合であると同時に、それらの音楽が持つ高揚感の極限のみを追求した音は最高に気持ち良いんだけど、歪んだサウンドが聴き手の耳に残り続け、中毒成分として残り続ける。一方で第2曲「Vanilla」は02年にリリースされた方の「Heavy Rocks」に収録されている楽曲を彷彿とさせるギターリフから始まりながらも、ポップで煌きに満ちた音像であるし、曲自体はこれまでのストーナー色の強く爆音でブギーするBORISとしてのヘビィロックの王道の楽曲であるけど、同時にこれまでに無くポップな高揚感がサイケデリックで宇宙的なサウンドで鳴らされているから、全然印象が違う。ポップネスからヘビィロックへ、ヘビィロックからポップネスへ。冒頭の2曲は起点が全然違うけど、その起点同士はすんなりと線として繋がるし、もっと言ってしまえば凄くシンプルに最高に格好良いヘビィロックでしか無いのだ。
 ヘビィロックサイドの音から一転して第3曲「あの人たち」はアンビエントとサイケデリックな音像による揺らぎの音像。くぐもった音像でありながら、一つ一つの音の音圧は最初から凄まじく、これまでにリリースした「flood」や「feedbacker」の系譜の楽曲だけど、冗長さを完全に削ぎ落とし、同時にアンビエントな轟音でありながら、非常に歌物な曲に仕上がっていて、ここ最近の作品でもあったborisとBORISの融合と言える楽曲でありながら、ドゥーミーな轟音とアンビエントの融合であると同時に、それを普遍的な歌物の感触すら感じさせるのはBorisの大きな成果だと思う。wataがメインボーカルの第4曲「雨」は更に極端に音数を減らしながらも、更に揺らぎ歪んだ轟音の壁すら目に浮かび、それをあくまでも6分と言う枠組の中で、アンビエント方向に振り切らずに、焦らし無しの轟音と歌が生み出す、美しいメロディが飛び交うパワーアンビエントの一つの到達系だと思う。第5曲「太陽のバカ」はまた一転してロッキングオンライクなポップな曲だけど、ギターの音作りがもっとヘビィだったり、もっと奥行きのある感触がやたら耳に残る。SUPERCAR辺りがやっててもおかしく無い位に普遍性に満ちた曲なのに、それすらもborisというフィルターを通過させると独自の捻れが生れるのは本当に面白い。
 そして決定打とも言えるのはこれまでライブでも演奏していた第6曲「Angel」だろう。20分近くにも及ぶこの曲は、ここ最近のBoris名義での大作志向の壮大な音像が生み出すサイケデリアの究極系であり、同時に痛々しく胸を抉る最強のエレジーだ。物悲しく、荒涼としていて、痛々しいwataのアルペジオの反復が終わり無く続き、ビートも極端に音数を減らし、本当に隙間だらけの音な筈なのに、その隙間を感じさせない。そこに歪みまくったギターが薄っすら入り、そこから轟音のヘビィアンビエントになり、青紫の轟音の中で、ただ哀しみを歌うTakeshiのボーカルが本当に胸を打つ。ストーナーやドゥームといった要素を強く感じる音作りなのに、深淵の深遠へと聴き手を導く、内側にも外側にも放射される悲しきヘビィネス。特に曲の後半は本当に神々しくて泣けてしまうよ。
 そんな空気をまたしてもブチ壊すのが第7曲の「Quicksilver」で、これは完全にBorisの最強のアンセムであり、同時に「Pink」に収録されている「俺を捨てたところ」の更に先を行く最強の進化系だ。ドラムのカウントから、せわしなく刻まれるギターリフと性急なDビート、本当に久々にシャウトをガンガン使いながらも、ここ最近のアニソン・V系ライクなBorisを感じさせるメロディ、Borisがずっと持っていたヘビィロックとアニソン的メロディセンスの融合という点を、再構築して生れたのがこの「Quicksilver」だし、彼等がここまでストレートにアンセムを作り上げた意味は本当に大きい。「Quicksilver」は間違いなくここ5年程のBorisを最高の形で総括した名曲だ。とおもったらラスト数分は極悪すぎるドゥームリフによる暗黒ドローンをアウトロにしているし、その落差が自然になってしまうのもBorisなんだと改めて実感した。最終曲「シエスタ」の約3分のアンビエントの静謐な美しさで終わるのも、やっぱりBorisらいいと思う。
 そしてエイベックス盤のボーナスディスクは、今回「NOISE」という枠組みから外されてはいるけど、また別の視点のBorisを味わえる内容で、Borisが提供したタイアップ曲中心に収録されている。Borisらしいパワーアンビエントさと、繊細で静謐な美しさが光り、地獄の様な歪んだ音像と対比を織り成すインスト曲「Bit」、「New Album」の「フレア」の路線を更にポップに突き詰めて、完全にBoris流のヘビィロックJ-POPと化した青き疾走「君の行方」、ストーナーロックと90年代V系が衝突してしまっているのに、そこをポップさで落としつけた、こちらもポップなBorisの進化系「有視界Revue」、昨年リリースされた「目をそらした瞬間」の再発CD-BOXの新録音源として収録されていた「ディスチャージ」の新verと、この4曲もそれぞれの楽曲が「NOISE」という作品を補足しつつも、強烈なインパクトを持つキラーチューンばかりだ。



 これまでその全貌を決して明確にはしないで、常に聴き手を嘲笑ってばかりいたBorisがここまで素直にこれまでの自らを見直す作品を作るとは思っていなかったし、これまでの膨大な作品を完全に一枚のアルバムに落とし込んだ。でもそれによってBorisの姿がやっと掴めるかと言ったら、それは完全に大間違いで、今作の音は進化系でありながら、脱ぎ捨てた蛹な気もするし、常に人を置き去りにしかしないBorisならではの置き土産なのかもしれない。今後、このバンドがどうなるかは結局想像なんて出来ないし、そんなの本人達ももしかしたら知らない事かもしれないけど、総括する、一つの点にするのではなく、散らばらせたまま、それをそのまま新たな枠に取り込み、それぞれの楽曲が反発しながら新たな調和を生み出す。その不自然さと自然さこそがもしかしたらBorisが提唱した「NOISE」なのかもしれないし、そんな歪みすら超えて、ただ単純に最高のヘビィロックアルバムだと思う。俺はこれを待っていたんだ!!



プロフィール

AKSK

Author:AKSK
メジャーの物からマニアックな物まで良い音楽を幅広く紹介してこうと思ってますが、ハードコアとかが多目だったりします。他にもコラム書いたりもしています。

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