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■MY WAY/AIR
![]() | My Way (2002/10/17) AIR 商品詳細を見る |
BAKU、Spiral Lifeと活動し、現在はLaika Came Backとして活動する車谷浩司という男のソロユニットであるAIRの02年リリースの作品。車谷の音楽活動は本当に多岐に渡り、どのジャンルで語って良いか分からないレベルだが、AIRはラウドロック方面の音を鳴らしていた。しかし今作を機に音楽性は変化しており、ファンク・ジャズをソフトロック・オルタナティブロック・ミクスチャーのフィルターを通した独特の音を鳴らしている。
まず今作は車谷と渡辺等と佐野康夫のほぼ3ピース編成での作品になっているが、渡辺と佐野のリズム隊がとにかく良い。ジャズ・ファンク・ロックの血を通わせながら重く刺さるグルーブを充満させるこのリズム隊は正に鉄壁である。そして3ピースのシンプルな編成だからこそ攻めぎ合う、3人の音の生々しさがダイレクトに伝わる。ジャズやファンク要素を大きく盛り込んだ作品ではあるが、難解さや説教臭さは無く、ラウドロックを通過しているからこそのオルタナティブ・ミクスチャー感覚で鳴らされている点も大きい。緩やかさの中で切れ味鋭い音が斬り付ける第1曲「Happy Birthday To Shining Star」から車谷独特の歌物に対するセンスとミクスチャー感覚が炸裂し、第2曲「funk Core」ではファンク要素を前面に出し、研ぎ澄まされたグルーブをよりダイレクトに発信し、その熱量を高めて徐々にラウドさを加速させる方法論は流石の一言。しかしそんなグルーブ感満点の楽曲だけが今作の魅力ではない。今作は優秀な歌物作品でもあり、完全に歌物にシフトした作品はその旋律の緩やかさと優しさも大きな魅力として存在している。第4曲「Good To See You」や、第9曲「凪」はそんな楽曲になっている。また歌とグルーブを融和させ、深みを見せる第5曲「My Favorite Things」なんかも今作の重要な1曲だと言えるだろう。しかし今作は終盤の2曲が特に素晴らしい。本当にシンプルなギターロック要素を前面に出し、郷愁の世界が目の前に広がる名バラッドである第10曲「泡沫の虹」、そして今作を最後の最後で総括するラストの「Last Dance」は本当に名曲だと思う。特に「Last Dance」は3人の卓越した演奏技術によるアンサンブルを極限まで削ぎ落とし、数少ない音で楽曲を構成し、その少ない音を聴かせ、それでいた原始的な意味で楽曲の完成度が高い。素朴でありながら今作の全てを総括する名曲であると言える。
本当に様々な形で様々な音を鳴らしてきた車谷だからこそ今作の境地に辿り着けた気もするし、何よりも、車谷自身もそうだが、渡辺・佐野のリズム隊が今作の肝になっているし、この二人が生み出す深くて重厚なグルーブとアンサンブルが車谷の音をより深くしているのだ。単純に歌物ソフトロックとして見ても完成度が高いし、末永く聴ける1枚だと思う。
■From The Stairwell/The Kilimanjaro Darkjazz Ensemble
![]() | From the Stairwell (2011/04/05) Kilimanjaro Darkjazz 商品詳細を見る |
元々はブレイクコアで活動していたbong-raという人物によって結成されたダークジャズ集団であるThe Kilimanjaro Darkjazz Ensembleの2011年発表の作品。リリースはドイツの暗黒音楽発信源であるdenovaliから。あのNine Inch Nailsのトレント・レズナーから賛辞の声すら上がるユニットだが、今作はダークジャズにふさわしい漆黒の世界を最大限に活かした作品であり、ジャズ要素は決して強くは無いのだけれども、夜の世界を彩る精神的ヘビィさと微かな鼓動に満ちた傑作になっている。
彼等のサウンドはジャジーな要素を確かに孕んでいるが、それ以上にアンビエントやドローンといった要素の比重がかなり強い物になっており、それが言葉通り漆黒の音へと導いていく。極端に各楽器の音を減らしながらも、管楽器やストリングスの残響を巧みに生かし、静かに隙間を埋める音、鳴っている音から思い浮かべる音は確実に混じり気の無い黒に間違いは無いが、その黒があるからこそ微かに見える黒と共存しながらも混ざる他の色の存在が際立ち、まるで闇夜の中で微かに視界に入ってくる青白い光の様でもあるのだ。第1曲から重々しいバイオリンの音色の残響が引きずる様に鳴り響き、そこから静かに紡がれるピアノと耽美に夜を彩る女性ボーカルと後ろで鳴る打ち込みの不穏の効果音が織り成すダークジャズの世界に飲み込まれていく。暗闇の中で幽玄の色彩を見せるピアノの音色とボーカルの歌声と、漆黒を加速させる管楽器やストリングスの音色、夜の時間軸を司るリズム隊の極端に音数を減らし、揺らぎの中で進行するビートが幾重にも重なりあった先にある夜の悪夢であり、全てを飲み込む終末的情景が目に見える音像の中でただ立ち尽くしてしまうだけ。よりアンビエントな色を感じさせるギターの音色と、アブストラクトな打ち込みのビートが抗えない奈落へと導く第2曲になると彼等の闇はさらに手を伸ばし聴き手を追い詰める。まるでThe Third Eye Foundationの様な絶望が巨大な鎌を持って背後に忍より首を落とすかの様な、漆黒の中で僅かに見える赤黒さと生暖かい感触が、神経を絶対零度で震え上がらせるそんな恐怖すら存在するのに、その死神に優しく抱擁されたまま昏睡する悪夢の先の甘い蜜であり、全編徹底してその耽美な闇が広がっている。特に第4曲はその無機質な不穏が今作で最も強い楽曲で今作でも随一のアンビエントパートが終わり無く続き、無限廻廊を緩やかに下る感覚を与えられ続けた先に待つ厳かに響く管楽器の音色の生み出すドローンサウンドの空気が本当に一抹の救いにすら見えてしまう位の楽曲だし、しかしそのアンビエントパートですら流れる静かな狂気に惚れ惚れしてしまうのだから恐ろしいのである。それに続く第5曲ではポストロックとジャズの融和とも言えるアプローチを見せつけ、終盤では楽器隊のテンションを高め、その空気を保ったまま今作で一番の高揚感あるパートへと雪崩れ込み、暗闇を少し晴らしてくれる。第7曲ではコーラスのかかったギターが美しい旋律を奏で、儚い女性ボーカルと共にゴスな耽美さが咲き乱れるという統率された暗闇の中で見せるレンジの広さの今作の大きな魅力と言えるだろう。そして最終曲は長尺のドローンダークジャズ、再び終わらない夜に回帰する。
ここまで徹底して闇夜の音色に拘り、その黒の中で見せる色彩の美しさを感じさせる作品は本当に少ないと思う。最高にセンスの良いユニット名だったりするが、そのユニット名以上に彼等の音楽は不変の闇夜の中で静かに息づき輝く甘い美しさと狂気を感じさせてくれる。ここまで夜に合う音楽は無い、今作での音はこれからも僕の夜を彩っていく筈だ。2011年の闇夜の大傑作。