■Discharming Man
■dis is the oar of me/Discharming man
![]() | dis is the oar of me (TRCP48) (2009/01/21) Discharming man 商品詳細を見る |
ex.キウイロール蝦名氏のソロプロジェクトとなって始まったDischarming Man。今作はそんなソロプロジェクトからバンド編成へと変化を遂げたDischarming Manの09年発表の2ndアルバムにして00年代のエモ・オルタナティブの屈指の名盤だ。バンドメンバー&プロデューサーとしてbloodthirsty butchersの吉村氏も参加し、蝦名氏の歌世界をより壮大な物にしているし、緊張感ととんでもない重厚さで鳴らされる音のスケールの大きさはバンドでオーケストラをやっていると言っても過言じゃ無いレベルだ。圧倒的な歌世界が広がっている。
たった一つの音で世界を描く様な、たった一筋の歌で世界を嘆く様なそんな音が終わり無く響いている。第1曲「因果結合666」からそんなDischarming Manにしか鳴らせない世界が広がってくる。独白めいた蛯名氏の歌とシンプルながら美しいスケールで鳴り響くピアノが楽曲の世界を作り時に吉村氏の歪みながらも優しい温もりに満ちたギターフレーズがそのスケールを膨大にしていく。あくまでも歌を基調に楽曲を作りながら、ドラマティックに感傷的なフレーズを鳴らす楽器隊の音が重なり合い膨大なスケール感で鳴らす個人的心象の歌世界を生み出している。大半の楽曲がスロウテンポでピアノのフレーズは静謐なギターのアルペジオを基調に楽曲を構成し、時に歪んだ激情やギターフレーズが登場するけど爆音でバーストするのでは無くて、郷愁の感触と蝦名氏の心の奥の醜さすら剥き出しにした歌をより明確にしていく。空間的な鳴りを大切にしたアンサンブルからもそれを伺う事が出来る。その中でも第4曲「THE END」の轟音の中で加速する感情的な音は今作の中では異質かもしれないけどクライマックスへと向かうドラマティックなスケールで駆け抜ける3分間は本当に感動的だ。クラシカルな感触で淡々と歌を紡ぎ、終盤のHIG MUFFのギターフレーズが感情を直撃する第5曲「スロゥ」も、ポストロックの様な静謐さで進行し、緩やかに引き伸ばされた時間軸の中で最小限の音のみで圧倒的な重厚の音を聴かせる第6曲「360°」も今作の楽曲は全てがドラマティックかつ壮大なスケールで紡がれる名曲であり、僕はbloodthirsty butchersの大名盤「kocorono」の様な微かな感情の機微すらも描く本質でのエモーショナルさを今作から感じるのだ。終盤の第10曲「white」と第11曲「だいなしにしちゃった」の2曲はその中でも屈指の壮大さであり、厳かさすら感じさせる音はその一音の響きさけで空気すら変える力を持っている。本当にエモーショナルロックのオーケストラとしか表現出来ない「white」と、アコースティックギターの響きで彩られる旋律の剥き出しの美しさから心を射抜く「だいなしにしちゃった」は本当に純白の音のみがそこにある。
6人編成でありながらそれぞれが本当に必要な音のみを鳴らしながら、それだからこそ全ての音に満ちた空気と感情に圧倒的な重みがあり、重厚なアンサンブルを奏でる。フォークもエモもポストロックも飲み込んだDischarming Manの音楽と歌は優しさも憎しみも狂気も全て包み込んでくれる。情景豊かな音に触れて浮かぶ色彩は本当に多い。今作は本当に大きなスケールで描く心の歌なのだ。
■フォーク/Discharming Man
![]() | フォーク (2011/09/21) Discharming Man 商品詳細を見る |
元キウイロールの蝦名氏のプロジェクトであるDischarming Manの2011年発表の3rdアルバム。前作「dis is the oar of me」にてバンドでありながらオーケストラとも言うべき壮大極まりないエモーショナル絵巻を展開し、大傑作に相応しい出来であっただけに今作でどの様なアプローチになっているかは非常に気になっていたが、今作では必要最小限にまでに音を削ぎ落とし、ありのままの歌と純度100%の旋律のみで勝負した作品だ。バンドのアンサンブルこそ強靭であるが、本当に素朴で剥き出しの歌とメロディのみが今作には存在する。
音自体はポストロック的な構成の楽曲が今作には多く、引き算の方法論によって必要な音のみで最大レベルの感情とメロウさを表現した作品だと言える。一つ一つの音の静かな波動の様にじんわりと響く感触を持っており、爆音に頼らずともその旋律のみで感情を優しく刺激していく。そして蝦名氏の歌が史上最大レベルで悲しみも憎しみも全て肯定するかの様な優しさと強さを以って響いてくるのだ。バンドとしての音が最小限の構成になったからこその、歌を最大限に生かす音になっていると同時に純粋にその旋律や骨組みの強度も強靭な物になったのだ。第1曲「カッコウが鳴いている」のポストロック的なアレンジと少ない音だからこその絶対的な歌と旋律が絶対の物になっているし、第2曲「blind touch」のDischarming Man印の静謐さからの感傷に満ちた楽曲がより確かな説得力を手に入れ鳴らされているからこその涙腺を静かに刺激していくかの様な青さも、今作を語る上では絶対に外す事は出来ない。第7曲「今」のスロウな旋律から徐々に熱量を高め終盤で轟音バーストする楽曲でも蝦名氏の歌の温度は全く変わっていないし、今作で最も性急な第8曲「disdoor」も加速する音とは裏腹に、他の楽曲と全く変わらないテンションで歌も旋律も紡がれている。本当に全ての音が包み込むかの様な優しさを孕んでいるし、全ての歌がどう聴いても蝦名氏の歌であり、その平熱のテンションとの裏にある感情と熱情が胸を熱くさせてくれる。そのイノセンスが最も強く出ている大作である第9曲「funnyborn」にて静かに語りかけるテンションの歌と湿り気のあるアコースティックギターの旋律の物悲しさが融和し、静かな熱量を少しずつ高めるストーリー性の強さ。本当に最小限のコードしか使用していないのに感情的な音とドラマティックさを鳴らし、飲み込まれそうになる感情の坩堝に支配されそうになってしまう。
もう元キウイロールなんて肩書きがいらないし、それほどまでに今作では蝦名氏の歌もバンドのアンサンブルも揺ぎ無い物になったのだ。深度と透明なイノセンスを極限レベルにまで引き上げたからこその今作、本当に純粋な歌と旋律だけでここまでの作品を蝦名氏は作り上げたのだ。エモ・ハードコアを経過したからこその強度と、裸のままのアコースティックさが極まった今作、Discharming Manはまた大傑作を生み出してしまった。2011年最重要作品の一つだと断言したい。