■Salem
■King Night/Salem
![]() | King Night (2010/12/21) Salem 商品詳細を見る |
09年頃に生まれたウィッチハウスという新たなジャンルの音楽がある。音楽性で言えばダブステップ、ヒップホップ、ニューウェイブからの影響とダウンテンポのチルアウト、空間的なサウンドコラージュ、ゴシックな雰囲気といった要素を持っており、早耳なフリークスの間で注目されていたらしい。僕はウィッチハウスに関する知識は皆無だが、ウィッチハウスムーブメントの立役者であるSalemの2010年発表の1stである今作には完全に虜にされてしまった。
まずゴシックなコーラスと共に空間的なコラージュの音色がいきなり咲き乱れる第1曲「King Night」から幽玄の世界が始まる。ダブステップを基調としたビートを軸に進行しながらも美しく幽玄な煌きの音色がシューゲイジングし、極彩色の色彩とゴシックの耽美さが混ざり合い、スケール感のある音が初っ端かな脳髄を溶かしてくる。Salemはダブステップを機軸にしながらも本当に幽玄でメロウな旋律を聴かせてくるし、非常に聴きやすい音ではあるけど、それの音色を加工しまくり、ただでさえ色彩の豊かさを誇る音色がより揺らめきながら轟音のノイズの幽体離脱の旅へとご招待する。ローファイなサウンドプロダクトも非常に効果的であり、音の輪郭が荒いからこそ、掴み所の無い音色がよりダイレクトに降り注いでくるのだ。また女性ボーカルの気だるい歎美さも特徴的で美しい幽玄の旋律と共にゴスな空気を生み出し、同時に歌物としての分かりやすさや取っ付きやすさも持っている点も大きい。第4曲「Sick」ではラップ調のボーカルも入り、ビートもヒップホップの流れにある物へと変化しているが同時にSalemの旋律の美しさは健在。シンプルでありながら少し癖のあるビートはやたらと中毒性があるし、歌と旋律の骨組みがしっかりしているからこそ楽曲自体も非常に魅力的であるし、それを歪ませコラージュし非現実の空間へと聴き手を誘い。視界をサイケデリックな色彩で埋め尽くしてくれる。同じヒップホップ調の曲でも第6曲「Trapdoor」はよりドープに変貌し、緩やかに感覚を沈めていくし、純白の色彩が揺らめく第7曲「Redlights」の相反する様に見える2曲でもその持ち味は変わらないし、第8曲「Hound」のドラッギーなうねりのグルーブ、そして最終曲「killer」のざらついたホワイトノイズと無機質なビートが狂騒を生み出しながらも現実と非現実を行き来する様なトリップ感覚を見せ、その狂騒の中で終わりを告げる。作品自体も統率されているだけで無く、音のコラージュやビートが過剰にならず絶妙な塩梅で存在し、煌く音色が脳を支配する。間口が広く聴きやすい作品であると同時に、その深みは底が知れない。
前述した通り、僕はウィッチハウスというジャンルに関して予備知識も何も無いが、そんな人間ですら虜にしたSalemの色彩とゴシックかつ郷愁の音色が生み出す幻惑の音像には一気に引き込まれてしまった。美しい色彩に見とれていたら気がついたら狂騒と混沌の底無し沼に溺れているし、今作の宗教的で神秘的な音がそれをより加速させる。多くの人に受け入れられるであろう傑作であるが同時に非常に中毒性の高い薬物の様な危険性も持った作品だ。