■2016年06月
■独言独笑/曇ヶ原

石垣翔大氏の弾き語りのソロを母体に2013年に結成された「日本語によるプログレッシブハードフォーク」を掲げる曇ヶ原の1stフルアルバム。盤の帯コメントはかの痛郎の井手氏が寄稿。またマスタリングは中村宗一郎氏が手がけている。
全6曲でありながら50分にも及ぶ長尺曲のオンパレードであり、1stにして大作志向の作品に仕上がっているが、今作はプログレとかフォークという概念の中にありながらも、その中で葛藤し藻掻く小宇宙的世界を描いている。
石垣氏がベースボーカルという事もあり、井手氏がコメントを寄せている事もあるから聴く前は痛郎の影響下にある音楽性を持つバンドだと思っていたが、それは半分正解で半分間違いだった。クリーンな感触を残しながらもハードロック的なギターの音、楽器隊の音がバチバチぶつかり合うアンサンブルなんかは痛郎にも存在していた要素ではあるが、今作はプログレの概念とは少し外れた所にあると思う。ハードな演奏でガツガツ攻めながらも長尺の中でフォークソングの湿っぽさと歌を生かしたパートも多く取り入れられている。だけど単純にプログレとフォークソングを融合しましたって物にはなっていないのだ。
誤解を招いてしまうかもしれないが、曇ヶ原にはHR/HM的な音楽とはまた違ったepicさが確かに存在しているのだ。時にはプログレの枠から外れてポストパンクやジャンクロックにも通じるサウンドアプローチもしており、シャープな音の鋭利さを押し出すフレーズもかなり導入しているのだけど、フォークパートでのメロディと歌の叙情性がそれらの鋭利なサウンドを更に上回る形で耳に入ってくる。
クリーントーンのギターとピアノのみで石垣氏が哀愁を歌うフォークパートはこのバンドの核の部分だと僕は感じており、サウンドアプローチ自体はミクロ極まりない筈なのだけど、そのミクロさを強引かつ誇大妄想的にコスモへと繋がてしまっている感覚。脳内で渦巻く個人的感情とポエトリーさと清く正しく拗らせ捲った世界観を涙の音楽へと進化させる手腕。それこそがこのバンドの凄い所だ。
ド頭から今作最長の約12分の中でミクロとマクロの表裏一体の世界を個人的叙情世界で繋げてしまった第1曲「うさぎの涙」、フォーク要素は少し後退させているが逆にハードロックの持つepicさが前面に出た第5曲「砂上の朝焼け」、ピアノが本当に良い仕事をしており、テクニカルな展開を織り交ぜながらもスロウテンポで感動的エンディングへと走り抜ける最終曲「雪虫」は今作の中でも特に名曲に仕上がっている。
ZKとかSSEのバンドの持つオリジナリティと色褪せない古き良きフォークソングの湿度を強引に現代に蘇らせた気持ち良さ。馬鹿みたいにレベルの高い演奏技術が生み出すスリリングさ。純粋無垢かつ個人的苛立ちをロマンに変えてしまうあくまでも個人的脳内世界を大風呂敷広げて展開する潔さ。それら全部引っ括めて真っ直ぐ過ぎる程にロックしている快作。この作品が情報化社会の過渡期その物である2016年にドロップされたという事実が僕はとても嬉しいのだ。
■Road To Spin./Don Karnage

これまでも数多くの素晴らしいバンドを輩出している北海道殺幌からまた新たなるバンドが現れた。殺幌を拠点に活動する4人組Don Karnageの2016年リリースの5曲入りEPである今作は殺幌のDNAを純度を失わずに継承し、混沌と不協和音が生み出す斬り捨て御免な殺傷力に満ちたポストハードコアである。
今作を聴いて僕が思い浮かべたのは殺幌のレジェンドの一つであるBONESCRATCHだ。BONESCRATCHは90年代のまだカオティックハードコアが全く浸透していなかった時代に既に独自のカオティックハードコアを生み出していたとんでもないバンドだが、今作はBONESCRATCHの影響をそれこそモロなまでに受けている作品だと言える。
そんなBONESCRATCHの持ち味な混沌をより色濃く昇華させており、畳み掛ける様に不協和音が襲い来る不協和音原理主義の気違いがDon Karnageだ。ツインギターは鋭利かつドライヴィングなギターリフから不気味に蠢く音像まで行き来し、爆走のビートと重心をグッと落としたビートも行き来。幾度となくリズムチェンジを繰り返す楽曲展開の中にメロディアスさは皆無。バッキバッキに仕上がった音がひたすらうねりを上げる!!疾走サウンドで突き抜けるかと思ったら変態的なキメをブチ込んできたり、殺幌印なダークなコードを鳴らして不安を掻き立ててきたりもする。音作りは大分ロウな方向に振り切っているのも個人的には拍手喝采で「敢えて」ハイファイでシャープな音作りにしていないからこそ際立つ鋭さがある。正に尖りの狂人だ。
楽曲自体は3分未満と短めになっているが、それがより混沌を凝縮させる結果になっており、特に第4曲「TheEnd」はイキそうでイケない悶絶のミドルテンポのフレーズから始まりながらギアを踏んだ瞬間に絶頂。何よりもメンバーの4人中3人がボーカルを取りボーカルリレーを展開しているのも血をガンガン吐き散らしていて熱くなる!!
EP作品という事もありコンパクトではあるが凝縮されたブラッドネスを感じさせる確かな一枚。BONESCRATCHの影響こそまだ色濃い部分はあるけど、これをどう昇華させて彼らだけのオリジナリティを確立していくかも含めて今後が本当に楽しみなバンドであり、何よりも一回そのライブを体感したい!!
流行りの要素は全く無い作品ではあるが、この手の音が好きな人は是非ともチェックして欲しい。全ての爆音不協和音原理主義者に薦めたい一枚。
■深層/ANCHOR(新潟)

99年に結成され、今年で結成17年を迎える新潟の激情ハードコアバンドANCHOR(他にも同名のバンドがいるけど、ここでは新潟のANCHORです。)の17年の歳月を経てリリースされた1stアルバム。
その長い活動歴に関わらず、これまでに残した音源は一枚のEPとSTUBBORN FATHERとのスプリットとオムニバス参加のみでその知名度は決してあるとは言えない。だが、長い沈黙を破りリリースされた今作はANCHORを一気に全国区へと持っていくであろう屈指の名盤となった。
サウンドスタイルはFuneral Dinnerといった未だ色褪せない激情ハードコアの先人の影響下にあるが、それを基盤にはしながらも既存の激情ハードコアの枠に全く当てはまらないサウンドを鳴らす。ANCHORのサウンドを語る上で外せないのは一瞬ギターの音だとは信じられなくなる硬質なアルペジオの旋律だろう。このパキッとしたチェンバロ的ギターは作品の全編に渡って登場し、そのアルペジオが楽曲を組立ながら、もう一本の空間系シューゲイジングギターがそのメロディを見事に際立たせている。
そんな特徴的なサウンドではあるが、それ以前にバンドのメロディセンスが屈指の物だ。新潟という雪国の空気や情景を想起させ、日本海の空っ風を受けた荒涼とした寒々しさ。ブラックメタル的な寒々しさでは無く、叙情的でオーガニックで時にオリエンタルな空気感さえ感じてしまうコード感は他のバンドには無いオリジナリティの塊だ。
そして激情ハードコアにカテゴライズされるであろう彼らだが、実を言うと核の部分以外は激情系の要素はほぼ無いとも言える。分かりやすいディストーションサウンドはほぼ皆無、寧ろポストロックやゴシックやワールドミュージックの要素すらあると思う。でもそれらの音楽的要素を持ちながら難解さは全く無い。日常生活の心象を切り取った様な歌詞もそうだけど、全体の音象は非常にストレートな印象に仕上がっている。
楽曲のテンポはミドルテンポ主体ではあるが、その中で確かなハードコア的速さを感じさせるビートとグルーブの魔法、そして二本の美しいギターが描くモノクロームの世界観。細部まで繊細極まりない音が写し出す儚き蒼。灰色の世界から徐々に色が染まっていくストーリー性。ここまで徹底してきめ細やかな風景を生み出すバンドは他にいないだろう。それは今作で最もストレートにハードコアを鳴らす第7曲「抵抗」にも現れている。
決して派手な作品では無い。分かりやすいディストーションも無い。ベクトルとしてはかなり渋い作品ではあるが、しなやかなサウンドフォルムと新潟の雪国の空気感が聴き手の体温を下げていくと思わせて徐々に上げていく。
本当に鋭い音にはディストーションギターすら必要としない事をANCHORは証明している。繊細さを極めに極めた末に生まれたこの鋭利さは、触れたら壊れそうな氷細工の様に美しく、だが聴き手の胸を刺し抜く刃物でもある。
これは新潟からの新たなる犯行声明文だ。この音には閉塞した日常を切り裂く強さしかない。