■Mother/COCK ROACH
美しく黒光りするゴキブリが14年振りにカサカサと動き始めた。
遠藤仁平・本田祐也のオリジナルメンバーにex.me-al artの本多直樹・海老沢宏克を新メンバーとして加えた新体制で制作された今作は実に14振りとなる新生COCK ROACHによる4thオリジナルアルバムである。
そして過去の3枚のオリジナルアルバムを超えたバンドの最高傑作となった大名盤だ。
COCK ROACHというバンドは00年代の日本のロックシーンに於いて間違いなく異質な存在であった。
当時のラウドなロックの流れを汲んでいるバンドではあったが、宗教的な音階を多用し、複雑にうねるグルーヴを描き、徹底して生と死を歌い、時には触れることすら躊躇するタブーにすら切り込んでいくバンドだ。
その音と世界観は多くのフリークスたちを虜にし、絶大なる支持を集めた。そして今回の再結成も多くのフリークスたちに歓迎された。
そんな唯一無二の存在が2019年に生み出した最新作はこれまでの作品の流れを汲みながらも、バンド史上最も優しい作品である。
「Mother」というアルバムタイトルを冠しているが、今作ではあらゆる生まれ育った場所に対する想いが歌われている。それを総じてのアルバムタイトルだろう。
地球、母国、家族、生命、宇宙といったミクロからマクロまで人間を取り巻く全てに対する愛を歌う作品である。言うなれば人間コアそのものだ。
アルバムを通して聴くと確かに解散前の過去のCOCK ROACHも存在する。
第三曲「電脳双生児顕微鏡狂想曲」と第五曲「炎国」は本田氏の手数の多い動き回るCOCK ROACH無事全開なベースは勿論、不穏な音階をラウドなサウンドでフック強く繰り出し、遠藤氏の声と言葉が血塗れの世界を作り出す。過去を知る人からしたらニヤニヤしながら拳を突き上げたくなるだろう。
しかしアルバム全体で過去を思わせる要素はあまりなく、実際のところCOCK ROACHがその世界観をさらに突き詰め全く新しいバンドとして生まれ変わったと言える。
ラストシングルとなった「ユリイカ」が今回再録されているが、かつては仄暗い絶望を想起させた楽曲がその先を希望を思わせるアレンジが施され、過去の楽曲を更新することにより今を表現している。
アルバム後半の楽曲は正に新生COCK ROACHの真骨頂だろう。
第六曲「新進化論エレクトロニカルパレーダー」は大胆に打ち込みを導入し、過去の多くのおぞましい楽曲達よりもさらにおぞましい不気味さを生み出す。
生命の輪廻とエゴを歌い、何度も「我々は黒虫」と叫ぶ。
その流れからCOCK ROACH史上最もストレートなバラードである第七曲「海月」へと続く。何一つおぞましさも装飾もない優しいメロディと共に生命への祈りと愛を遠藤氏がストレートに歌うこの曲は最初聴いた時、本当に衝撃を受けた。
そして今作一番のハイライトは第八曲「花と瓦礫」だ。
ピアノとストリングと電子音の最小限の音が大半を占め、歌われるのはあまりにも残酷で誰しもがぶつかる死についてだ。
現実は想像や妄想よりずっと残酷であることを突きつけながらあまりに美しく儚い言葉。遠藤氏の歌が殆どを占めながらも、その歌の力だけで聴き手を引き込み、後半のバンドサウンドのドラマティックさへとなだれ込んでからは本気で涙なしでは聴けない。
55分に渡って描かれるあらゆる「母」への想いを描いた今作は過去のCOCK ROACHを想像したら意外過ぎる作品かもしれない。
同時に今作はCOCK ROACHを再結成させなかったら絶対に生まれなかった作品でもある。
ex.me-al artのメンバー二人が新メンバーとして加わり、me-al artを想起させるサウンドのテイストも加わったのもあるが、二つのバンドの過去を確かに受け継ぎながら、それを今の音として鳴らしている。
14年の時を経て、あらゆる物が大きく変化した。今作はそれらを全て受け入れてもいる。
だからこそゴキブリがかつて描いたある種宗教的な生死の世界ではなく、もっと壮大でありながら、もっと人間の普遍的な核に迫る作品を生み出したのだろう。
今作は本当に優しい作品である。人間の持つ体温の温もりを感じさせる作品だ。
今作を聴いて何度も流しながらも、僕は確かに愛を感じ取った。
間違いなく2019年一番の大名盤。時代を超えて甦ったゴキブリは全ての人々を音楽で愛することを確かに選んだのだ。