■Somewhere Near The Pulse/Inner Trip

Saman Nというイランのミュージシャンでありグラフィックアーティストがいる。今作はそんな彼のソロユニットであるInner Tripの2011年発表の1stアルバムだ。リリースはFluttery Recordsからであり、Fluttery Recordsの国籍を超えた良質なアーティストの発掘の目に感服するばかりだ。今作はメロディアスなアンビエント作品であり、トリップホップのビート理論を取り入れながら情景豊かな音を鳴らす作品になっている。
揺らぐ音は正にアンビエントであるのだけれども、今作の音は本当に輪郭がはっきりしている。ギターやベースの音を入れ、ポストロックに近い感触のサウンドを鳴らしながらも、それを加工し、空間的な揺らぎと響きに重きをおいているし、モダンクラシカル色の強いストリングスの音なども取り入れているし、ビート構築はトリップホップに近い物であるけれど、純粋なトリップホップとは違ってエレクトロニカな方法論も取り入れられている。実験的に多岐に渡る音を取り入れながらも、それを散らかしっぱなしにはしないで、一つの方法論として帰結させる手腕は見事。楽曲自体も展開が明確になっているし、起承転結のはっきりとした構成で静謐で奥行きのある旋律が情景とドラマを生み出している。幅広い方法論と楽器と音を用いながらも、それを内面的な神経へと作用する音に仕上げ、視覚的な刺激まで生み出すセンスは評価すべき点だと思う。第1曲「Eltanin And Old Melodies」ではポストロック的アプローチからトリップホップを食らい、そこからドラマティックかつプログレッシブな展開を見せ、情景を膨らましていくのに対し、第3曲「Lifestream」もトリップホップの方法論は取っているがクラシカルな音の残響からシャープな音の配列が静謐なレクイエムとして響いている。この様な多彩な方法論を取りながら、描く色彩は一貫しているし、白銀の情景が冷たさと鋭利さを孕んだままドラマティックな宇宙へと導いてくれる。第6曲「Labyrinth」の様な静謐なピアノと、ダークさのあるアンビエントなカラーの強調された楽曲であり、アンビエントに接近した音を鳴らしているのもニクいが、どの楽曲もエレクトロニカから派生した音が様々な音を飲み込んだ末に立体的なサウンドを作り上げ、様々な角度で光り方や色彩を変える結晶の様な音になっている。その色彩の情景は残酷でありながらも美しい。
浮遊感とはまた違う、重みのある重厚さを前面に出し、実験精神と豊かな情景が結びついた作品でありSaman Nという男の才能と懐の大きさを感じることげ出来る。冬景色の澄み切った空気もブリザードの様な残酷さも今作では描かれているし、その美しさは電子と肉体の境界線を崩した先にある孤高の音である。また今作は下記リンクのbandcampページで購入可能だ。
Inner Trip bandcampページ