■The Ark Work/Liturgy
狂気のポストブラックメタルであるLiturgy。前作「Aesthethica」から実に4年の歳月を経て届けられた今作であるが、それがとんでもない大問題作であり大傑作となってしまった。前作もメタル系メディアとかにはdisられたりもしたらしいが、今作は更に大ブーイングを喰らい、Pitchforkでも6.4点という点数を付けられてしまったりと散々だ。しかしこの作品は前作が生温く感じてしまうレベルでLiturgyの狂気が詰められた作品であり、そして本気で他に似ているバンドや作品が全く思い浮かばない作品だ。一言で言ってしまうと本気で頭オカシイし気持ち悪いビートと音しかない。
先ず今作について大きく触れると歪んだ音が全く存在していない。トレモロリフといったギターの音は全く歪んでいない。ほぼクリーントーンの音である。ボーカルも叫び全く無し。鼻声みたいなラップ調のクリーントーンボーカルとなっている。というかそもそもブラックメタル要素は殆ど無いし、あっても燃えカスみたいな感じになっている。前作はガンガン歪んだトレモロもがなり声もかなりあったけど、今作でそれらは完全に封印。ボーカルに至ってもクリーントーンでエモーショナルに歌うって事は全くしていない、ラップ調と言っても全く生気の無い感じだし、不気味過ぎるボーカル。何よりこれまでのぶっ壊れたビートがよりズタズタになっている。それはまるでビートをパーツとして使って組み合わせた様な不自然極まりないビートであり、初聴の時はプレイヤーがぶっ壊れたんじゃないかって本気で思った。更には加工もされまくっているし、そちらも全く生気が無い音になっている。加えてホーンの音を大々的に取り入れて寧ろそのホーンの音で曲の輪郭を掴むみたいな感じだし、トレモロの音と共に不気味に響くベルがかなり耳に残るだろう。簡単に言うとブラックメタルもメタルも今作にはほぼ無い。トレモロフレーズからそりゃメロディは確かに存在しているし、曲としては全然成立している。でもそれを分解と再構築を繰り返して、ブラックメタル要素を完全に燃やした消し炭もトッピングしてみましたって感じ。ちょっと無理やりかもしれないけど、今作に近い音がもしあるのならここ最近のSWANSだろう。でも曲は長尺曲もありながらも、基本的には割と普通の尺の曲が多いし、また聴き方次第ではdjentやプログレメタル的とも捉える事も出来るかもしれない。でも如何せん本当に全ての音に生気が全く無いし、それは冷徹で緊張感があるっていう音だからじゃなくて、本当に抜け殻みたいな音ばかりが並んでいる。そりゃメタラーからは反発喰らうし、インディ系からも低評価だわ。
とここまで今作について大雑把に語ってはみたけど、僕はこれが最強にカルトな作品であり、もうブラックメタルとかインディ系の枠組みで語る必要も無い作品ですらあると思うし、本当に大傑作だと思っている。これまで俗に言うヒップスターブラックのバンドは批判を浴びながらもそれぞれ確かな進化を遂げて支持を得た。初期こそ正にシューゲイジングブラックメタルであったけど、メタルを捨て去り完全に夢の世界を描く幻想絵巻を生み出したAlcestもそうだし、激情要素も取り入れ、よりキラキラしたサウンドを展開しながらも古き良き90年代V系感すら手にして堂々と輝きを放つDEAFHEAVENもそうだ、Liturgyもヒップスターブラックの代表格であったけど、彼等はその音をよりドープでイルにして、そしてそれすらも分解して感情移入の余地すら残さない異形さとして進化させたのだと思う。僅かばかりのメタル要素、ヒップホップやブレイクコアといった音にそれを近づけながらも決してそこには属さないでいて、今作で正にLiturgyでしか無い音を生み出したのだ。本当にここまで気持ち悪くなる音は無いし、それをクリーントーンで生み出してしまったから本当にタチが悪いったらありゃしない。
第2曲「Follow」の時点でいきなり壊れたビートとトレモロとベルが延々と鳴り響き、加工された鼻声ボーカルがまるで悪夢みたいに響き渡り、第3曲「Kel Valhaal」でプレイヤーが完全にぶっ壊れたと思ってしまうだろうビートに慄き、第4曲「Follow II」の終わりのない2本のギターが放つトレモロがまとわりつく不気味さを生み出す。そんな序盤だけでも頭が狂いそうになるし、ブレイクビーツ的なビートであり、ギターのメロディは叙情的で悲哀に溢れているのに、鼻声ラップによってそれすら気持ち悪さへと変えてしまっている第5曲「Quetzalcoatl」、フレーズこそまだ普遍的だけど、変速ドラムに合わせたギターとベースが却っておかしい事になってしまっている、プログレメタルの抜け殻みたいな第6曲「Father Vorizen」、そして今作の狂いっぷりを全て詰め込んだのに、やたらドラマティックに展開しながら、それが余計に奈落へと引きずり込む様なおぞましさしかない10分に及ぶ白昼夢である第8曲「Reign Array」は今作のハイライトであるし、そこから完全にドープ極まりないヒップホップになってしまっている第9曲「Vitriol」へとある意味自然に続いていくのがまた凄いそんな音ばかり続いた末に結局ぶっ壊れた最終曲「Total War」でエンディングを迎えるけど、その頃には最早この抜け殻の中に狂気を詰め込んだ音に神々しさすら感じてしまうし、やっと何処かで感情移入出来た事に安心すると思う。ラストのトレモロの轟音はまるで感情の全てを洗い流してしまうかの様な感覚に陥るし、最早洗脳されてもおかしく無いレベルだと思う。
個人的には最早ある種の宗教音楽の域にまで到達してしまった音だと思うし、というかこれライブで再現出来るのかって気にもなったし、兎に角全編通して不気味極まりないし、究極に異物感と恐怖を覚える音に歪んだ音は最早必要無いとすら思えてしまった。でもそんな音の中にも確かなメロディだったりビートという掴み所があるからこそ余計薄気味悪いし、分かりやすい轟音や重さで恐怖を与えるのでは無くて、じわじわと危険な注射を打たれておかしくなっていきそうな作品だと思ったりもする。神秘的な美しさと忙しなく転調を不自然に繰り返すドラムと抜け殻のボーカルが組み合わさって、アッパーなのかダウナーなのか、ドープなのかイルなのか、もうブリブリでパキパキですら無いんじゃないか、でも分かりやすい高揚では無くて、沈んでいく様な緩やかに浮いているようなその両方があったりもする。だから今作は本当にカルト的な作品だし、でも異様なまでの中毒性もある。ある意味では歴史に残って欲しい作品。でも僕はこの作品をある意味メタルとか云々じゃなくて一つの表現の究極系だと断言したい。